核の炎に魅入られた男/『オッペンハイマー』|感想【ネタバレ注意!】-Web-tonbori堂アネックス

核の炎に魅入られた男/『オッペンハイマー』|感想【ネタバレ注意!】

2024年5月11日土曜日

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 ということで公開から随分と経ってしまいましたが『オッペンハイマー』の感想を残しておきたいと思います。米では去年の公開ながらクリストファー・ノーラン最大のヒット作となり同時期公開の『バービー』とともにサマーシーズンの稼ぎ頭となって『バーベンハイマー』なる造語を産み出し、それが日本で物議を醸すという一幕もあり配給しているワーナーが声明を出すという事もありました。日本は太平洋戦争末期に原爆を投下された世界で(今のところ)唯一の被爆国であることから「原爆の父」と言われるオッペンハイマーの自伝的内容の映画には公開前から様々な反応があったことも記憶に新しいと思います。tonbori堂は製作開始のニュースの頃からこれは観ると決めていました。それはノーラン作品であるというのも理由ですが原爆開発を指揮し、戦後にそれを後悔したというオッペンハイマーという人物に興味があったからです。何を思って原爆という兵器の開発を指揮したのか?何ゆえにそれを後悔するような文言を残す事になったのか。もちろん映画ですのでそこはノーランの「解釈」も入るだろうしフィクショナルな部分もあると思いましたがだからこそどういう描かれ方をするのかという興味も尽きずこの公開を心待ちにしていたのです。そして待ちに待ったうえでの鑑賞はこれはなかなかえぐみのきつい映画だったという事です。それについて簡単なあらすじの後に少し書いてみたいと思います。

【本予告】『オッペンハイマー』/YouTube/ビターズ・エンド公式chより


プロメテウスの火/STORY

 ロバート・オッペンハイマーは政府の秘密聴聞会で査問にかけられていた。彼が原子力委員会での機密情報へのアクセスに足る人物であるかどうかの査問である。彼はその中で学生時代からの自分を思い返していく。実験は苦手ではあるが理論については人一倍鋭い考察が出来たオッペンハイマー。英国ケンブリッジに留学していた彼は尊敬する物理学者ニールス・ボーアの講演会で知己を得て彼からの助言で当時量子物理学の最先端をいっていたドイツ、ゲッティンゲン大学に留学、米に戻った彼はカリフォルニア大学で教授となった。オッペンハイマーはその頃流行していた社会運動に興味を持ち既に共産党に入党していた弟フランクの誘いで共産主義者のパーティに出席したり学内の運動に顔を出していた。折りしも世界は第二次世界大戦前夜、1939年にドイツがポーランドへ侵攻し米国もその渦に巻き込まれていく。1942年に米陸軍のグローブス大佐(後に准将)の訪問を受け新型爆弾の開発に携わるように誘いを受ける。自身がユダヤ人でありユダヤ人を迫害しているナチス・ドイツが原子力爆弾の開発に取り掛かっている事からオッペンハイマーはその誘いを受け入れ精力的に活動を始める。思い出の土地であるニューメキシコ州ロスアラモスに研究者とその家族を住まわせ研究と実験を行える施設を作りその主として研究を強力に指導していく。


 やがて研究も目途がついたころドイツは降伏した。しかし進んだ実験を止める事は出来ないオッペンハイマーは未だ降伏していない日本に対して使用ことを拠り所に開発を進める。しかし内心ではこの実験をしてしまった後何かが変ってしまうのではないかと次第に心に疑念が生じていく。そして世界初の核実験トリニティ実験を成功させたオッペンハイマーにグローブスは君の仕事はここまでだと告げる。そしてラジオの放送で広島への原爆投下を知り、ロスアラモスでの祝勝会の講演会で出席者が原爆の火に焼かれる幻を見る。彼は戦後にさらに強力な水爆の開発に不安を覚え否定的な立場をとり、トルーマン大統領と面会し国際的な軍縮と核兵器の管理を提案するものの一蹴されてしまう。


 ルイス・ストローズ原子力委員会委員長はアイゼンハワーによる商務長官指名による公開聴聞会においてその適正を問われていた。彼は戦後、プリンストン高等研究所の所長にオッペンハイマーを迎えた人物で野心を持ちながらも上手く立ち回ってきた政治家だった。しかし水爆に対して懐疑的なオッペンハイマーと対立し、アイソトープの輸出規制の委員会においてこっぴどくやり込められてしまった。その事から彼を快く思わない人たちを動かし彼にソ連のスパイとつながりがあるとして先の秘密聴聞会を開かせ彼を表舞台から排除しようと画策した。その事で今になって彼が今度は査問される事になったのだった。オッペンハイマーはいったい何を見たのか?何を思ったのか?2つの聴聞会でそれが次第に明らかになっていく。

パンドラの箱を開けた男

 『オッペンハイマー』を観て思ったのはまず、そうでした。あらすじの見出しタイトルにはプロメテウスを付け本人もそれを意識した台詞を映画の中で語ったり指摘もされていますが、率直に言ってもトリニティ実験後の彼は後悔し続け、広島、長崎の原子力爆弾の記録映像を見てさらにそれを深めていった事には間違いないでしょう。だけど彼はどうしても核分裂の理論を実践してみたかった。実験は苦手ながらも明晰な頭脳を持ち原子の動きをも立体的に把握できる(実際にはどうかは分からないけれどノーランによる彼は明らかにそういう特徴を備えたように描写されています)人物として描かれています。それをゲッティンゲンでの留学で量子物理学の権威でもあるハイゼンベルクとの会話でもさらにそれがはっきりとして国に戻った彼は進歩的な人たちと交わりさながら「大学デビュー」したかのように先に共産党に入党していた弟フランクの誘いで集まりに顔を出すなど確実にそう状態な感じを受けました。


 その時に知己を得てやがて付き合う事になるジーン・タトロックと逢瀬を重ねますが彼女は精神的に不安定でありやがて疎遠になったときに伴侶となるキティと出会うのも同じく共産党の集会でした。その辺りは後年彼を追い込む理由の一つになっていきますが、彼は迂闊な人物でもあるという証左でもあります。同僚で核爆弾開発の指導者として推薦してくれたアーネスト・ローレンスの忠告には生返事で、ジーンが来ると会ってしまうどちらかというと私生活ではルーズな彼が、時代の要請と、民族的なアイデンティティも相まって原子力爆弾開発にのめり込んでいくのは彼自身の脳内のビジョンを現実のものとしたかったとしか他ありません。ノーランはそう言う人物としてオッペンハイマーを描いているように思えました。その希望の灯になると思ったものは開けてみると分裂と混乱を産み出すものだった。いやパンドラの箱には最後に希望が残っていたけれど、この箱には分裂しか残っていなかった。この映画はオッペンハイマーの核分裂サイドとストローズの核融合サイドに分れていますけどこれも示唆的で核に対して結果懐疑的になっていったオッペンハイマー、そして核による安定を肯定するストローズ。それぞれの立場から世界を破滅させる力を解放してしまった男の苦悩がより鮮明になるという作品になっていると思います。

オッペンハイマーの悲劇

 この作品は結果的にオッペンハイマーの悲劇を切り取った側面もあり、取りも直さず核に魅入られた男が自分のした事に苦悩していく様を描いた映画であるので核爆弾の恐怖という部分のフォーカスが甘いと言われれば実はそうなってしまうんですよね。それにトリニティ実験が終わるまではオッペンハイマーはどっち着かずの姿勢でしたし。それは実験が成功に終れば学者の提言で投下は止められる、または威嚇のみに使われればと甘い事を考えていたのかもしれません。ですが人間と言うのは力を持てば必ず使いたくなるものです。もちろん使った後にその威力に恐怖し結果長い冷戦になったし、やっとデタントしたのにまた世界はその核の脅威に再び晒されるかもしれない局面にきました。そういった意味では一人の人間のしでかしたといっても通用してしまう事に単純に悲劇というのを当てはめてしまうのもどうかなと思いますが、世界を変えてしまったきっかけを作った人間の悲劇という面から愚かさを学ぶという点では頷ける点も多い作品でした。


 広島、長崎の直接的な被害の描写が一切ないというのもオッペンハイマー個人の葛藤や苦悩にフォーカスしたからでもし反核兵器的な作品を期待するのであればそれはやっぱり違うかなとも思うけれどだから核肯定という訳でもない、科学の恐ろしさを知りつつもそれの扉を開いてしまった者の責務とは?という話であるという事に尽きると思います。まずは気になるならば一度ご覧になる事をおすすめします。

※ノーラン監督が読んだというオッペンハイマーの伝記の翻訳書。上、中、下巻の3巻で絶版でしたが復刊で出ています。

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