監督は『ブレードランナー2049』のドゥニ・ヴィルヌーブ。脚本は『ウインド・リバー』のテイラー・シェリダン。原題名は『Sicario』。スペイン語で暗殺者、ヒットマン、アサシンと同義の言葉です。
アカデミー賞やパルムドールにノミネートされたメキシコの麻薬カルテルとの戦いの暗部をえぐり取りながらメキシコと米の国境で起こる善悪の彼岸を描いた作品です。実は『ボーダーライン:ソルジャーズデイ』という続編公開前に予習としてこのエントリを起こしました。
ストーリー
FBIのケイト・メイサー特別捜査官(エミリー・ブラント)は人質救出チームのリーダーとして入手した情報からアリゾナ州の容疑者宅へ地元SWATとともに強襲をかける。見張りを射殺したケイトは、撃たれた壁の穴から漏れ出る異臭に気が付き壁を剥がすと中には死体が隠されていた。誘拐事件の被害者たちは殺され壁に隠されており事件の凄惨さが露わになったところで庭の物置が爆発、死傷者も出てしまう。事件の裏にはメキシコの麻薬カルテルがかかわっており、この件を担当している国防総省のマット・クレイヴァ―(ジョシュ・ブローリン)を上司から紹介されるケイト。
マットは短パンにサンダル履きというおよそまともな格好では無く、ケイトも不穏な気配を感じるが何が起こっているのか突き止め事件を解決したい一心で相棒レジー(ダニエル・カルーヤ)が引き留めるが彼のタスクフォース(特別チーム)への参加を決める。エルパソの作戦基地に移動する飛行機の中で同席したのはコロンビア人のアレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)。彼はオブザーバーとして作戦に参加するという。得体の知れない人物が参加するということでますます疑惑を深めるが事実を確かめるために一行に同行するケイト。
エルパソからデルタフォース、USマーシャルのチームとともにボーダー(国境)を越え、シウダー・フアレスまでメキシコ連邦警察に護衛されてカルテルのボスの弟を引き取りエルパソに戻る帰路。国境の渋滞で、アレハンドロがカルテルの構成員が自動車に分乗してこちらを狙っている事に気が付いた。事態に困惑するケイトをしり目に、構成員のギャングが車から降りようとする瞬間展開する特殊部隊員たち、アレハンドロが銃を捨て投降するように言うが銃を構えた瞬間彼らは射殺される。それを呆然と眺めるケイト。しかし背後に地元警官が銃を構えて狙っているのに気が付き応射。射殺してしまう。
混乱するケイトとともにエルパソに帰還するチーム。ケイトはこの作戦は違法だとマットに詰め寄るが一蹴されてしまう。連れ帰られたボスの弟はアレハンドロによって水責めにあいカルテルのボス、ディアスの居場所を吐かされる。アリゾナに戻ったマットたちはケイトとともに国境警備隊の不法入国者の尋問を行う。国内の捜査にはFBIの権限が必要だからケイトは参加を求められたのだ。運転手として同行してきたレジーは彼らは諜報機関の人間ではないかと訝しみ、ケイトに深入りするのを辞めるように忠告する。
不法入国者よりフアレスを仕切るカルテルの密入国用トンネルの位置を確認するマットたちは次の一手に出た。ディアスの口座を凍結し金を入金に来るもの、そして確認に来るものを確認する事だ。果たして女がゴムバンドでまとめられた大量の紙幣を持ち込んできた。ケイトはこの不法な金を流れを追えば真っ当にディアスを逮捕出来ると銀行に乗り込む。慌ててケイトを止めるマット。仕方がないと作戦の内容を明かす。この作戦はディアスの逮捕ではなく、その後ろにいるカルテルの大ボス、アラルコンをあぶりだす事だった。作戦の違法性についていけなくなったケイトは上司に相談するが彼は、最初に言ったはずだと、彼らは法の埒外で活動し、上からの指示で動いているので自分ではどうにもできないと告げる。その夜レジーと飲みに出たケイトはレジーの友人で地元の警官であるテッド(ジョン・バーンサル)を紹介する。いい感じになった2人はそのままケイトのアパートメントへ。
しかしテッドがポケットの中身をテーブルに置いたときカルテルの女が銀行に持ち込んだ札束を止めていたのと同じゴムバンドだと気が付く。それに気が付いたテッドと乱闘になるが部屋に忍び込んでいたアレハンドロが危ういところでケイトを救う。ケイトが先走る事でカルテルがケイトに接触すると踏んだ2人はケイトを囮にしていたのであった。マットはテッドから情報を聞き出し作戦の最終段階に進むことにした。ケイトもその作戦に参加する事にした。ここまで来たら作戦の全貌を掴まないと気がすまなくなっていたのだった。夜になるのを待ち、密入国用のトンネルに侵入する特殊部隊とマット、アレハンドロ、ケイト。そして思わぬ展開がケイトを待ち受ける。いったいマットの作戦とは?アレハンドロの目的とは?誰が正義で、誰が悪なのか?驚愕の展開がケイトを待ち受ける。
地獄からの使者
アレハンドロはある目的をもってマットに協力しています。元検事であるという過去が徐々に明かされ、家族が殺され『嘆きの検事』という名前で報道されたことなど。その彼はある目的のためにマットとは違う組織に属しており、別の任務を帯びているのです。そしてマットは全てを知った上でというか、彼の作戦にそれが合致するために手を組んでお膳立てをしたという事が最後に明かされます。彼の目的は混乱を意図的に作りだし調和をもたらす事。これは冷戦時にも行われていたことでスパイ小説ではよく題材になる話です。ある部分を攻撃し弱体化させ、均衡化させる。強大すぎる力はコントロール出来ない。だから力を削いで意図的に混沌を産みだしそれを治めさせる。ひどい話ですが今はもっとそういう時代になっていると言えます。
アレハンドロは当初からただならぬ雰囲気を纏い、孤高の人として別の位置にいる事で物語を俯瞰しているのですが、突如として中心に躍り出てきます。それがクライマックスの密入国用トンネル襲撃です。それまでケイトの地獄めぐりの様相だったのが一気にアレハンドロの物語へとシフトしていくのです。
国境と境界
ストーリーには書いていませんがこのクライマックスにはある登場人物が深く関わってきます。彼は警官です。演じるのは『キャプテン・アメリカ/ウィンターソルジャー』でSHIELDのエージェント・シットウェル役で出演したマキシミリアーノ・ヘルナンデス。彼のやくどころはメキシコのフアレス近辺にすむパトロール警官シルヴィオです。彼は子供とサッカーをする優しい父親の顔と警官の顔。そしてもう一つの顔を持っています。それは麻薬の運び屋です。メキシコの現地警察の腐敗は言うに及ばず、なかなか麻薬カルテルに対する対策が進まないのは誰が敵か味方か分からない状況で自警団が別の武装勢力になったりと混沌とした状況の中、生き抜くために仕方がなく悪事に手を染めている状況もある。そんな一面を抉り出してくる物語の複線(サイドライン)でもあります。ですが地獄の入り口はそこかしこにぽっかりを空いている。そういう恐ろしさを。そして繰り返される悲劇の一つとしてこのエピソードが挟まれていくのです。
メキシコの状況は一朝一夕では解決できない。根本どころか世界はずっとゆっくりと崩れている。そんな感覚さえ起こさせる。そういう複線です。そして国境という境界がそのまま善悪の境界、ボーダーラインになっているという。作品の核を現しているのは原題名ですが、『ボーダーライン』という邦題も悪くはないとtonbori堂は思っています。
ケイトの地獄めぐり
物語の傍観者でもあるケイト。彼女は改めて無力感に打ちひしがれます。まともなFBI捜査官だった彼女は普通の司法関係者としてこの世界は狂ってる上に腐っていてもぎりぎりのところで正義はあると信じてやってきていましたが、そんなものはどこにもないという事をマットとアレハンドロに見せつけられてしまうのです。その上最後にあることをアレハンドロにさせられる事により完全に敗北感を味わうことになるラスト。アレハンドロがこの世界は狼の世界だとケイトに語り、どこか片田舎のまともな司法の機能している場所に行けと諭します。ですがこの世界のどこにそんな場所がある?という皮肉にもなっており、世の中がトランプ大統領の治世となって余計にこのメッセージが厳しくのしかかった気がします。
またそれをヨハン・ヨハンソンのスコアが心に刻んでいくような音を残しています。サントラもこれまた非常に耳に残るスコアでした。
そして狼たちの時代へ
この作品の続編がつい最近封切られました。『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』です。時代はさらに混沌が加速し、厳しさが増している世の中でマットやアレハンドロのやる事は変わりません。ですが彼らも人。そしてそれぞれに事情を重ねている。そういった少しの変化がさらに狼たちを招く世界に混沌をもたらします。それについてはまた別のエントリでご紹介したいと思いますが、まずは『ボーダーライン』今の時代の映画として是非ご覧いただきたい1本です。
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