ステファノ・ソッリマ監督作品『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』はドゥニ・ヴィルヌーブ監督『ボーダーライン』の続編です。前作の登場人物の「シカリオ(暗殺者)」アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)とCIA工作担当官マット・グレイヴァ―(に焦点を合わせた作品となっています。
前作は作品を通して地獄めぐりをさせられたFBI捜査官のケイトがいましたが、今回は2人がまた地獄の入り口を開けることによって…という話です。そしてその地獄を巡らせさせられるのが、アレハンドロの妻子の殺害にも関与した麻薬王レイエスの娘イザベルです。また前作でも国境の名もなき人がアレハンドロと交錯することでメキシコの現状をも浮かび上がらせましたが今回はアメリカ側に住むメキシコからの移民のメキシコ系アメリカ人の少年を配置してさらに地獄の釜の蓋が開く様を描いて見せました。
※核心的には【ネタバレ】書いていませんが読めば結末が分かると思いますので出来れば鑑賞後にお読みいただくか、ご了解の上お読みいただけますと幸いです。
ストーリー
メキシコとの国境地帯。カルテルの主な収入源は麻薬だけでなく密入国の手引きも大きな割合を占めるようになってきた。国境では今日も密入国する人たちが後を絶たない。米国境警備隊が密入国者を補足、拘束するが、突然そのうちの一人が逃走。隊員たちが取り囲むと彼は自爆した。後には礼拝用の下敷きが残されていた。
それから数日後、スーパーマーケットで自爆テロが発生。テロリストたちの国籍は不明であったが国防長官はテロリストに対し痛撃を加えると宣言する。CIAのマットはソマリアの海賊のボスを拘束。メキシコのレイエス・カルテルからの資金でイエメンからメキシコ行きの輸送船を見逃す契約をしていた事を白状させる。そんな彼に下った指令は、政府はカルテルをテロ組織と認定するので彼らを壊滅せよとの事だった。
彼らを単純に攻撃する事は出来ないためレイエスのカルテルと敵対している国境で密入国を仕切っているマタモロス・カルテルと争わせ同士討ちをさせることに。そのためには汚い手段も使うと国防長官に言ってのけるが、長官はそれを了承した。マットは旧知の暗殺者で元コロンビアの検事であるアレハンドロの元を訪れ今度は戦争だといい、彼の協力を仰ぐ。
作戦はマタモロス・カルテルの弁護士を急襲し殺害。レイエス側の仕業に見せかけ、反対にレイエスの娘イザベルを彼らが誘拐したと思わせ、戦争を起こさせるというもの。作戦は順調に進んでいると思われたが、アメリカでイザベルが発見されたと見せかけ、メキシコ側に移送しレイエスとは敵対勢力側の警察に引き渡すことでさらに混沌させようとしたところ護送に協力したメキシコ警察に裏切り者がおり、彼らと交戦する羽目に。またその混乱の最中にイザベルが逃げ出してしまう。アレハンドロがイザベルを追跡する事にして負傷者が出たマットたちは急ぎ国境を越えて作戦拠点に引き返すことになる。
しかしメキシコ警察の警官に死傷者が出た事で政府は一転弱気になり、自爆テロ犯がアメリカ国籍だったことから一方的に作戦を打ち切り。目撃者であるイザベルと外部協力者であるアレハンドロを抹殺するように指示する。マットは戦友ともいえるアレハンドロにイザベルを殺せと連絡するがアレハンドロは断る。事態はどんどん悪化の一途たどり一触即発の国境へ移っていく。果たして誰が生き残るのか?地獄に落ちるのは誰なのか?狼の待ち受ける国境へと舞台は移っていく。
地獄の釜の蓋が開く
トランプ大統領は不法入国者が犯罪を連れてくると彼らを非難していますが、実際には生活に困窮し、新天地での生活を夢見てやってくる人が殆どです。その彼らを国境を越えさせるためにお金を搾り取って不法に入国させる密入国ビジネス。もともとコカインなどの麻薬を誰にも知られずにこっそりと検問所を通さずに持ち込むルートを構築していたカルテルが密入国ビジネスに手をつけるのは自然の成り行きでしょう。入国するための書類作成やビザの問題で密入国を選ぶ人とは別に、検問所を通らず入国したい者たちもまたそれを利用します。それはテロリストです。同時多発テロ以降入管は厳しくなり、緩かった昔と比べて非常に難しくなっています。そこでメキシコを経由してというのが前段のシーンでした。もっともこの件もこの後で非常に皮肉めいた展開を見せるのですが。
CIAのマットは乱暴なやり方で情報を入手するなど、薄い笑みを浮かべながら目が笑ってないっぷりは相変わらずで、手段を問わない部分も同じです。己が汚れ仕事をしているというのも承知しており、それが自分の仕事であると心得たプロです。一方のアレハンドロは死んだ目をした暗殺者。カルテルを潰すためなら地獄の鬼とでも手を結ぶ非情さを持ち合わせながら前回も結局ケイトを始末できたのにそれをしませんでした。(必要なら躊躇なくしたでしょうが)大きな悲しみを湛え、それでも一人修羅の道を行く。そんな人物でしたが今回はカルテルとの抗争で殺されてしまった娘と同じ年ごろの娘と関わる事で彼のある部分が少しスイッチが入った、そのためさらに地獄へのめり込むことになってしまうのですが…。
暗殺者と兵隊
前作の原題が『Sicario(シカリオ)』暗殺者の意味を持つ言葉で前作の冒頭にそれが流れます。そして今回の原題名は『Sicario: Day of the Soldado』デイ・オブ・ザ・ソルダート、ソルダートとは兵士という意味を持ちます。マットはCIA工作担当官であり、アレハンドロは暗殺者ですが、彼らは敵と認定されたものたちへ戦争を仕掛ける兵士でもある。ただマットは国家から命令され、アレハンドロは一種の私怨からではありますが、彼らを滅ぼすための聖戦に身を投じています。だから国家の命令でマットは作戦を中止せざるを得ないけれど、アレハンドロは自らのために戦っているから、イザベルを一緒にいることで彼女を守る事が一種の贖罪になると彼女を殺すことを拒否する。
その行動が戦友ともいうべき存在になっていたマットをも動かして『ボーダーライン』の時では思いもよらぬ行動に彼を駆り立てます。それはマット自身も同じ事の繰り返しでうんざりしていたのかもしれませんが…少し意外でした。でも思い返せば楽勝である作戦の綻びから突如の方針変更。これまで何度となく繰り返されてきた事ではあるが、ともに死線をくぐりぬけてきたアレハンドロを切り捨てるという決断はやはり何かのスイッチがマットにも入ってしまったのかもしれません。
地獄の釜を覗き込んだ2人
マットらに誘拐された麻薬王の娘、イザベル。そしてカルテルのギャングとなったミゲル。彼は最初、カルテルの幹部の一人で密入国を仕切るギャロの手下で従兄弟のヘクターに憧れ少しづつ道を踏み外していきました。イザベルは元々ボスの娘という事で女学校に通っていても浮いた存在でしたが、ボスの娘というだけで孤独だった少女に降ってわいた災厄は彼女をギリギリのところまで追いつめ結果彼女からは表情が抜け落ちてしまいました。前作ではケイトが地獄めぐりをした挙句、無力感に立ち尽くし、アレハンドロはこの荒野で狼のように捕食者として生きていくというラストだったんですが今回はこの2人がその変奏曲を奏でたように思います。
音楽
前回のサントラを担当したヨハン・ヨハンソンは惜しくも2018年2月に他界。その後を引き継いで前作のテイストをほどよく残したサントラを作り上げたのは彼の共同作業者でもあったヒドゥル・グドナドッティル。彼女が手がけたサントラは前作にもまして不穏な空気を醸し出す『シカリオ』ユニバースに馴染んだ音楽でした。前回同様にサントラも聴き物です。
余談
予告編でベニチオ・デル・トロが撃つ方法。あれはベニチオの友人が射撃場でしてみせたそうで、原理は単純ですが危険な方法です。セミオートマチックの自動小銃をトリガーに棒を一本はさむだけでフルオートのように撃つバンプファイヤーと原理は一緒でコントロールは難しいですがギャングの撃ち方としてはありではないかと。予告編でも印象的に使われています。
ソース|Twitter
噂の“デルトロ撃ち”動画🎬が完成しました‼️— 『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』公式 (@borderline_jp) 2018年10月26日
この撃ち方は #ベニチオ・デル・トロ が自ら監督に提案したアイデアなんだとか☺️若い頃、射撃場で友人がやっていたのが印象的で、ふと思い出したそうです。「(普通の距離では)全然当たらないが、至近距離なら蜂の巣に出来る🐝」#映画ボーダーライン pic.twitter.com/rLb5Rukwgw
次の『Sicario』は?
この『Sicario』は3部作構想があると聞いています。予想外の展開になり、いったいどうなるのか?またもや国境線が舞台となるのは間違いないでしょうが…アレハンドロとマットはその道を違えました。その道はまた交錯するのか?それとも対峙することになるのか。国境の今を描き出してきたけれど今度はトランプ大統領当選後のという事になり彼の登場で国境はさらにホットゾーンとなりました。それだけにアレハンドロとマットの3幕目。どのような物語を前作から手掛けてる脚本のテイラー・シェリダンは用意しているのか。期待したいと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿
お読みいただきありがとうございました。ご意見、ご感想などございましたら、コメントをよろしくお願いいたします。【なおコメント出来る方をGoogleアカウントをお持ちの方に現在限定させて頂いております。】