欲望と情熱と愛憎の狭間|『フェラーリ』感想【ネタバレ注意】-Web-tonbori堂アネックス

欲望と情熱と愛憎の狭間|『フェラーリ』感想【ネタバレ注意】

2024年7月15日月曜日

car movie

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 F1、そしてスポーツカーメーカーとして有名なフェラーリの創始者エンツォ・フェラーリを描くマイケル・マンの最新作『フェラーリ』。重い映画で凄いと思ったし好きな映画なんですが同時にこれは好き嫌いというか分からない人も多そうだなとも思いました。と言う事で簡単なあらすじの後、感想書いてみたいと思います。

映画『フェラーリ』予告篇|7月5日[金]全国公開/キノフィルムズ/YouTube


コンメンダトーレ・エンツォ/STORY

 エンツォ・フェラーリはモデナで自信の名を冠したスポーツカーメーカーのオーナーでありレーシングチームを率いていた。自身も元はレーシングドライバーであったが今はイタリアを代表するチームで数々のレースの参戦していた。愛称はコンメンダトーレ(指揮官)、彼が戦前に受けた勲章の勲位からついたものだがまさに指揮官としてフェラーリという軍団を指揮していた。


 エンツォは妻のラウラとの間に一人息子のアルフレディーノ「ディーノ」がいたが幼少期より病弱であり筋ジストロフィー症で1956年に24歳の若さで亡くなってた事でラウラとの中は冷え切っていた。一方で長年に渡り不倫していた愛人リナとの間にピエロという息子をもうけており、リナの家がエンツォが唯一張りつめた緊張を解ける場所だった。


 翌年、年間100台にも満たない生産販売でレース資金を賄う事も厳しいエンツォはレース資金を集めるためにイタリア全土を走る公道レース「ミッレミリア」で優勝しアメリカへ販路を拡げようと画策する。そうすればイタリアのフィアットやアメリカのフォードから資金を調達できると考えたのだ。


 そんな最中ラウラにリナとの事が知られてしまい、さらに厳しい詰問を受けるエンツォ。しかもフィアットなど大企業と交渉する材料としてラウラの持つ権利が必要なエンツォにはなんとしても彼女の了解が必要だった。法外な条件を突きつけられながらもなんとか工場の権利も自らのものとして背水の陣で望むエンツォたちフェラーリチーム。ベテランのタルフィやエースのコリンズ。新しく雇われた貴族の血筋で野心に燃えるデ・ポルターゴなどを擁して、強敵F1チャンピオンでもあるスターリング・モスを擁するマセラティチームに挑む。果たしてレースの結末はどうなるのか?世紀の一戦の幕が切って落とされた。

レース界の巨人オールドマン、エンツォ

 クルマ好きならフェラーリの名前は当然、クルマに詳しくなくともフェラーリを知っている人は多いでしょう。どんなクルマを作っているか、判別がつくかとかは別に名前だけはブランドとして鳴り響いているかと思います。ですが創始者のエンツォ・フェラーリについては殆ど知っている人は少ないかと思います。とは言えクルマ好きでもエンツォ・フェラーリについてどれだけの事を知っているのかという気もします。


 というのも『フォードVSフェラーリ』に登場したエンツォは雑誌やその他の記事で知っているパブリックイメージのエンツォであったのですが勘違いしていたこともあって、ルマン24時間の時に夜にフォードの社長フォードJrはヘリでホテルに帰ってしまうのにフェラーリは陣頭指揮を執っていたとか(実は夜は彼も宿舎に戻っていた)明らかに愛人と思われる人物をフォードJrが連れていたのに対しレースにストイックな感じのエンツォでしたが実は女たらしで知られていたとか。そういう観点から観るとこのマイケル・マンの『フェラーリ』はエンツォらしいエンツォではないかと思いました。


 レースやクルマに関しては人が変った様に厳しく接するけれど私生活は問題が数多く人間的にもほめられたものではない事をしていてもモデナの街では名士で多くの人がコンメンダトーレとして敬ってくれる。そして彼自身も地元を愛しているけれどもという複雑な人物です。どうしてそうなのかは断片的に語られるのみで分かりづらいものの仕事人としての顔と私生活でのダメなところが同居しているのはマイケル・マンの描くこれまでの人物に非常にマッチしているように思います。マン監督の『ヒート』でも凄腕刑事だけど家庭は崩壊しているとか、ひと時愛する人と高飛びしようとするけれど、筋を通す事で全てを投げうってしまう強盗犯リーダーとか。すこし常人とは違うもしかすると眉をひそめるようなけれど強烈な人間を描くのが好きなのかもしれません。

ラウラとエンツォとディーノ

 今回で言えばエンツォがそれに当たる訳ですがラウラも業の深い人物でここまで夫婦関係が破たんしていてもなお別れないのは息子ディーノの存在があったからかなと、これは推察するだけではあるんですが、回想シーンでも赤ん坊しか出てこないディーノがいたからこそ2人の仲は辛うじて保たれており、死してもなおそれはかすがいになっている。これクルマ好き、特にスーパーカー好きやフェラーリ好きでないと知らないと思うんですけれどフェラーリにはディーノの名を冠したクーペがありそれらはカヴァッリーノ・ランパンテ(跳ね馬の紋章、フェラーリのエンブレム。これも謂れありますが割愛)が付けられずディーノという七宝焼きのエンブレムがボンネットに付けられています。206/246GTと名づけられたミッドシップ2シーターの搭載するV型エンジンのアイデアは死ぬ前にディーノが発案したそうです。その名を冠したものとして(フェラーリマークがついたものもあるらしいけれど)残すぐらいエンツォにとってはディーノは特別な存在でそれはラウラにとっても同じものだったと凄く感じる作劇になっていました。それだけにディーノの病床の姿などは一切出さず1957年の出来事だけを切り取って描いた事により物語に異常な緊張が漲り、レースの結末を含めしっているのに緊張感が物凄い重くのしかかって来ましたがそれだけにこれは凄い映画だと感じました。


 一方でこれは自分がそれなりに逸話を知っているということもあったからそう感じた訳でもあり、さらに言えばエンツォを演じたアダム・ドライバーはエンツォに似ていないんですよね。(恰幅をつけて歩き方なども研究して年齢をきちんと表現しているのは凄いので演じているという事で観れば大河ドラマ的にtonbori堂はOKだと思ったんですが)レースに用いられたレーシングカーは当時のオリジナルを3Dスキャンして起こしたレプリカ、劇中の街中で走ったり激しい動きをしないクルマなどは極力オリジナルを集めモデナで撮影したことも含めての再現度が高いので顔はともかく雰囲気までをもっとエンツォに寄せた俳優をという人もいるかもしれないし、反対に詳しくない人にとってはこの愛憎劇、掴みづらいと思うのです。なぜラウラは最後に憎んでいるエンツォに対しああいう行動をとったのか?とか。そもそもコンプライアンスではないですが現代の則に対して考えるとエンツォって非常にだらしない、かつ独善的で独りよがりな人物にしか見えない感じもこれマイナスかもしれないなと。そうなると多分物語が頭に入らないどころか理解しがたいのではないかと思ったのです。もちろんtonbori堂も100%理解している訳では無いし酷いところはあるなと思いつつあまりにも濃密な愛憎関係で築かれた物語である事は疑いようもなく、そこにプリミティブな当時のレーシングカーというものに魅せられた男とそれを取り巻く人たちの狂おしい物語という事は間違いないと思います。レースに勝つという欲望に取り憑かれたエンツォの情熱の狭間それを彼のいちばんの苦難の年である1957年に設定したのはそういう事なのではないかと思います。

その後のフェラーリ

 ラストにミッレミリアの顛末が暗転白文字で語られており、ラウラ、リナ、ピエロの現在の事までが記されましたが、実はこのあと、映画でも描かれているフェラーリの幹部であるカルロ・キティは他の幹部たちとフェラーリを辞める事になりましたし、『フォードVSフェラーリ』で描かれたように結局はフィアットに(今作でもその布石は打っていました)買収されることになりました。ちなみにフィアットの社長でもあり創業者一族のジャンニ・アニエッリ(彼も字幕ではアニエッリでしたが劇中では愛称のアフォガード/弁護士と呼ばれていました。由来は彼が法科卒だからと聞いています。)もエンツォなみ、いやそれ以上にエピソードを持つ人物です。そしてディーノ206GTに使用されているV6エンジンのホモロゲ―ション(FIAの定めるレースに使用するエンジンやシャシーの生産規定)を取るためにフィアットからディーノ・スパイダーとディーノ・クーペという2車種が出ていました。


 エンツォは、晩年表に出る事も少なくなったけれど死の直前に出たF40などの開発に影響を保っていたと言われています。ちなみにライバルチームとして出てきたマセラティ、このメーカも紆余曲折が激しくシトロエンやデ・トマソを経てフィアットの傘下となり一時はフェラーリのエンジンを積んだ車種も出たほどでした。イタリアのメーカーの歴史だけでなく欧州のメーカーも浮き沈みが激しいので色々掘れば物語があります。今でもフェラーリの名前はモータースポーツ界に残る大きな名前ですが、エンツォという人物の狂気と情熱と愛情が無ければここまで残っていなかったかもしれません。そういう意味でもこの作品はクルマ好き必見かと思います。

※原作本とされている本ですが絶版のようで中古品のようで高値がついています。

エンツォ・フェラーリ 跳ね馬の肖像 (集英社文庫)

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※マイケル・マン製作総指揮、ジェームズ・マンゴールド監督の『フォードVSフェラーリ』はこの後10年後の1966年のお話です。

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