アカデミー賞受賞『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、観ました。凄かったです。圧倒的でした。面白いとか凄いというより「圧倒」されたというところが本音です。実はアカデミー賞受賞する前に観ました。下馬評でも有力視されてはいましたが正直、これは面白いけど獲れるのか?と少し心配にもなりました。それは序盤からの盛り上げから中盤、繰り返されるシチュエーション。頭に何か?マークが浮かびこの変奏なリフレインで正直、評判程じゃないんでは?と思ってからの展開が疾風怒濤で圧倒的それにすっかりやられてしまったのです。ただそのダレ場をアカデミー賞側でどう考えられているのか?というのは気になったところでした。でも蓋を開けると7部門受賞という大金星。でもお話は何ともシンプルです。ということで簡単にあらすじの後感じたことを書いてみたいと思います。
※お読みの際はご注意ください。若干【ネタバレ】気味に観た事を前提に書いております。
エブエブ/STORY
エブリンは経営しているコインランドリーの税務監査で朝からイライラしていた。愛想だけの夫ウェイモンド、そして何かと反抗的な娘ジョイと暮らしている。コインランドリーで春節のパーティーの準備もありピリつくエブリン。それに合わせて中国に住む父のゴンゴンが来米し、そこにジョイは恋人のベッキーを連れてきたためエブリンは古い考え方をするゴンゴンにベッキーをジョイの友人と紹介したために、ベッキーにゴンゴンを見てもらう間に難しい用語を通訳してもらうため国税庁へ同行するはずのジョイはその場を飛び出してしまう。
仕方なくゴンゴンを伴って国税庁へ出向き監査官のディアドラから書類の不備を突かれ寝不足もあり朦朧とするエブリンは不思議な感覚に襲われる。と、そこに謎の指示のメモを握りしめている事に気が付き、エブリンがその通りにすると、なんと用具室に瞬間移動しそこに現れたウェイモンドは自分はこのバースのウェイモンドではなく別の世界(バース)のウェイモンドとエブリンに語りかける。混乱するエブリンだったが別の世界のウェイモンドは彼らのバース、アルファバースからやってきたという。アルファバースではバース・ジャンプという多元宇宙を精神で行き来出来る技術を開発したが、同時に強大な力を持つ悪、ジョブ・トゥパキに攻撃され危機に瀕しているという。この多元宇宙(マルチバース)の危機を救う事が出来るのはこの世界のエブリンだけだというのだ。しかし平凡な主婦であるエブリンは戦う術は知らないという。アルファ・ウェイモンドはバース・ジャンプの技術を使い、それぞれのバースにいるエブリンからその力を借りて戦うのだとエブリンに告げる。その力の発動には「最強の変な行動」が必要であるためエブリンは戸惑うが、別世界のジョブ・トゥパキの手下になってるディアドラがこの世界のディアドラに憑依して襲ってきた。苦労の末、カンフー映画スターになったバースのエブリンの力で撃退に成功した。しかしその前にジョブ・トゥパキがエブリンの前に現れる。その姿はエブリンの娘ジョイだった。ジョブ・トゥパキとは何者なのか?あまねくマルチバースをエブリンは救うことが出来るのか?マルチバースの命運は如何に?
エブリシング/Everything
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』略して『エブエブ』は章仕立てになっており、エブリシング、エブリウェア、オール・アット・ワンスの3章からなっています。最初にエブリンの置かれている状況を見せてそこから徐々にマルチバースへと誘う辺りはSF映画でもあり、もしかすると最後夢オチ?とか色々考えさせる導入部でエブリン、ウェイモンド、ジョイ、ゴンゴンの関係性をしっかりと見せてきます。これがあるので最後のオール・アット・ワンスへと繋がっていくのです。エブリンの物語であり家族の話であるという軸があるので、マルチバースで混乱していてもそこへ収束していく様はやっぱり圧倒的だったし圧巻でもありました。
エブリンの全ては、コインランドリーと頼りない夫と反抗的で手を焼く娘、高圧的で古い考え方の父。その上、国税庁に絞られて「私」の人生とは何だったのか?というまさに誰もが一度は思うところだと思います。状況は違っても何処でこうなってしまったのか?あの時こうしていればというIF(もしも)の世界があるというのがマルチバースですが、それでも今の「自分」を信じる。それを教えてくれたのはウェイモンドでした。アルファバースのウェイモンドはエブリンを励まし力強い人物なんですけれど、最後の最後に今のエブリンとずっと一緒にいた(しかも彼女が自分とこのままいたらダメになってしまうのではないかと思い離婚を考えている)ウェイモンドが最後の最後に勇気をふり絞り話し合おうという辺り、ウェイモンドという人物の造形が本当に巧い。この役柄を『インディジョーンズ 魔宮の伝説』で人気を博したキー・ホイ・クァンが演じているのもまた泣けるんですよ。まさに役柄にシンクロするかのような彼の人生。子役から大人へ一時役者を離れ裏方にも周ったりしていたものの役者業に復帰。しかし今作公開前には保険の支払い出来ず保険が止められどん底だった彼は他作品のオーディションも受からない状況。しかし公開後オファーが舞い込み、マーベル・スタジオの『LOKI』Season2に出演が決まったそうです。
エブリン役のミシェール・ヨーも適役というか彼女しかいない当書きのようなキャラクターかと思えば、元々はジャッキー・チェンを主役に迎えて製作がスタートしたものの女性を主人公にしようと変更になったんだそうです。ミシェール・ヨーはマレーシア出身の中国系。香港で活躍しボンドガールにも選ばれアクションが得意と思われがちですが、『宋家の三姉妹』という中国、台湾に引き裂かれた名家、宋家の長女を演じていましたし、アン・リー監督の『グリーン・ディスティニー』では師を思慕する剣士役を務めました。また近作ではマーベルの『シャン・チー/テン・リングスの伝説』でシャン・チーの叔母イン・ナンを演じていましたね。彼女のパブリックイメージとしては長らく『シャン・チー/テン・リングスの伝説』のような武術に長けた聡明な人というイメージもありますがtonbori堂は未見ながら評判の高い『クレイジー・リッチ!』でステレオタイプな主人公の婚約者の富裕層の母役を好演していたとか。そういった経験がこのエブリンに結びついた気がします。
娘役ジョイのステファニー・スーは残念ながらよく知らない方だったんですけど、後で知ったんですが、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』でシャン・チーとケイティの友人のスー役で出演していたんですね。あの時はここまでの人とは思っていませんでしたけど何かと繋がってるものですよね。ジョブ・トゥパキとの二役ではありますが母と娘の物語でもあるエブエブではミシェールにも引けを取らない熱演でした。特に虚無感や悔しさなど光る演技で今後もアジア系の役者として道を切り開いて行ってほしいですね。
父親役のゴンゴンにはベテラン、ジェームズ・ホン、御歳94歳。お元気そうで何よりなホンさんと言えばカーペンターの『ゴーストハンターズ』、カート・ラッセル演じる主人公を苦しめる魔王ロウ・パンが記憶に焼きついているtonbori堂ですがその他にも多くの作品に出演している草分け的存在な方です。大御所引っ張り出してただのお爺さんって贅沢だと思ったら…劇中でも大活躍で凄かったですね。94歳であの(撮影当時は92歳)気迫、凄いと思います。ちなみにホンさんはマーベルとも縁があって『エージェント・オブ・シールド』のエージェント・メイの父役で出演されています。なんかここまで全員マーベルと関係している人多いなと気が付きました(笑)
国税庁の監査官ディアドラ役はスクリーム・クィーンで有名なジェイミー・リー・カーティス。ですが最近の『ハロウィン』シリーズではスクリーム・クィーンどころか弟であるマイケル・マイヤーズを倒そうとするパワフルおばあちゃんだったり、キャメロン&シュワルツェネッガーコンビの『トゥルーライズ』では夫の裏の顔であるスパイで巻き込まれていく専業主婦も印象深いですよね。彼女もそのキャリアで培ったものを出してきてるかのような迫真の演技でまさに助演女優賞に相応しいものでした。あと唯一マーベルに縁がありません(笑)御本人もそれほどマーベルなどのアメコミ映画にはご興味が無いとか。もちろん演じるに足るオファーがあれば話は別なんでしょうけれど。
エブリウェア/Everywhere
監督はダニエルズ。ダニエル・クワンとダニエルズ・シャイナートによる監督ユニットです。2人監督ってのはコーエン兄弟やルッソ兄弟とかウォシャウスキー姉妹などがtonbori堂はすぐに浮かぶんですが別の出自を持つ2人というのは他にいたっけ?とちょっとなりました。2人大学で映像制作を学んでいる時に知り合いはMV(ミュージックビデオ)で映像制作に乗り出して、長編デビュー作は『スイス・アーミー・マン』だとか。これ未見なんですが悪趣味になるすれすれを突いた映画だそうで、エブエブにもその要素はあるそうです。
この作品では2人の出自も重要だと思います。クワンは中国系米人、シャイナートはユダヤ系米人ということです。どちらも人種の話に敏感にならざるを得ない出自を持っている訳です。エブリンとウェイモンドの仕事は中国系米人のコインランドリーの経営者というのはランドリーの経営者に中国系が多い(西部開拓時代に米に渡った中国人が始めた商売が洗濯屋(ランドリー)だった。)という歴史的な背景を想起させるし極めてパーソナルな動機が作品のコアにあるのはパンフレットのインタビューでも語られていました(特にクワン)。
そういった背景も含めて移民の国である米でこの映画がヒットしたのはやはり時代が大きく動いている事を感じますしアジア系のみならずLGBTQを含めた時代性を纏いつつも親と子、世代間という何時の時代にもあるストーリーが語られいるのも大きいかと思います。
オール・アット・ワンス/All at Once
この作品が多元宇宙を舞台仕立てに持ってきているのも物語のコアにある親子の問題と夫婦の話にも巧く作用しているなと思いました。それぞれの「IF」を通じて個人の願望やあり得たかもしれない未来を描きつつもこの宇宙の片隅の自分もまたその中で生きているという肯定感に持っていける。虚無感からこの世界を滅ぼそうとしているジョブ≠ジョイを引き留められるのも、エブリンがそれぞれの世界を見てではなく目の前の事を一生懸命に、そして一歩踏み出すことを選択したからです。だから皆がニコニコで劇場から出られる。アカデミー賞という勲章を貰いはしたけれど、やっぱり最後はこの多元宇宙の片隅の親子の話になっていくのはやっぱりオチとしてもきれいにまとまっていると思います。
それともう一つ。重要なアイテムとしてベーグルが出てくるのが面白かったし巧いなって思いました。このベーグルが出てくるシーンは有りがちになりそうなシーンなんですがこの世界の危機と日常を繋ぐだけでなくその形状までもが象徴的なんですよね。これは思わずはたと手を打ちました(実際には打ってませんけどね(笑))
若干長尺なのもダレ場というかリフレインがあるのも全てはラストのため。くだらないシーンもお下品なシーンもひっくるめて良い映画を観たなってなりました。早くも今年のベスト級にはいる1本となりました。
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