庵野秀明によるシン・シリーズ。特撮3作品のうち本人が監督を務めた『シン・仮面ライダー』観てきました。賛否両論というより全体的なディティールは納得というかクオリティが十分担保されていると感じている方が多いようで、一部のセリフ回し、アクション設計に引っかかっている方が多いのかなと否定的な他の方の感想をみて感じました。実はtonbori堂も同じような事を感じていましたが全体的にニコニコしながら観れたし、庵野版実写『キューティーハニー』が時を経てやっとモノになった感があり感慨深いものがありました。そしてもう一つ。これは『シン・ウルトラマン』でQをも包括した作品で今後ヒットした場合の展開を記したデザインワークスでの庵野メモを思わせるような『シン・石ノ森スーパー大戦』的な客演も面白かったと思います。ということで今回は『シン・仮面ライダー』についてちょっと書いてみようと思います。
シン・仮面ライダー/あらすじ
本郷猛は改造人間、昆虫型合成オーグメントとしてショッカーに改造された。緑川博士の教え子にして最強のオーグメント。プラーナを悪用するショッカーを止める事を緑川博士に託され娘であり組織の人工子宮から誕生した演算人間(生体コンピューター)ルリ子ともにショッカーの幹部オーグたちと戦う。彼らの前に立ちはだかるのは組織の処刑人、クモオーグ、ヴィールス科学者コウモリオーグ、快楽殺人者サソリオーグ、女王蜂ハチオーグ、暗殺者カマキリカメレオンオーグ。そして最強のオーグメントにして人類のプラーナをハビタットに誘うために暗躍するチョウオーグ。たった2人のレジスタンスではあるが政府の中の機関が大きくなり過ぎたショッカーを排除するために結成したアンチ・ショッカー同盟の協力を得て巨大な敵に挑む。果たして本郷とルリ子は暴走するショッカーのオーグたちを止める事が出来るのか?
誰がために戦う?
実のところ観ている間は結構ニッコニコ☺で観ていました。組織からの逃亡、敵か味方か?分からない者たちとの共闘。そして敵との因縁関係。『仮面ライダー』のまさに初回のクモ男との戦いをなぞるかのような戦闘、それぞれのオーグのマスクの造形。そしてなんといっても主人公である本郷猛と並び立つ存在である一文字隼人。今回は石ノ森章太郎の原作コミックから出典したかと思われる設定にも頷くところも多くありました。
しかし色々と飲み込めないところも多々あってこの作品が賛否両論なのもやむを得ないかなとも強く感じます。それがタイトルに挙げている「誰がために戦う」という前提です。本郷は少年時代に警察官だった父が人を助けるために犯人に刺されて殉職するところを目の当たりにして、人を助けるには「力」が必要だと思っています。頭脳明晰なれどコミュニケーションに難ありの所謂「コミュ障」とルリ子に言われる本郷はバイクに乗る事だけが楽しみの孤独な男でした。しかし大学時代の恩師でありショッカーの一員である緑川博士が彼の「人を助けたい」という心情とそのための力を欲している事に目を付けて彼に改造手術を施しバッタオーグとしてショッカーによるプラーナの悪用を止める事を託します。緑川博士のエゴはひとまず置いておいて、本郷はこの状況を激高するでもなく、さりとてそれについて慟哭するでもなく、最初はタガが外れたかのような暴力衝動について苦悩するシーンは確かにあるのですがそれが染み入る前に状況が次々と代わりなかなか伝わってこないのです。そのため彼の戦う動機というのがいまいちボケてしまい(父の死を乗り越えるためという風に思える大きな動機ではあるのですが)入ってこなかったのは大きなマイナスポイントだったように思います。
一方でルリ子の方は動機がはっきりしています。彼女は兄である緑川イチローを止めたい。ショッカーの一員として計画した人類のプラーナをハビタットと呼ぶ別空間へ転送する事で人類は幸福になるというハビタット計画は間違いであり、それを止めるのがルリ子の大きな目的でした。そのために政府の男たち(ヒゲ男たち)と呉越同舟な同盟関係を結びショッカーの幹部オーグたちを排除していきます。これは分かりやすいですよね。しかも彼女も実は「創り出された」者であったという事が本郷猛との対比ともなってきます。しかも父を殺されていますが表向きはクールに振舞っていますが後のイチローとの対峙する時の台詞で父への想いを吐露しています。動機と行動が合致しているのでルリ子は非常にすんなりお腑に落ちるキャラクターでした。(今思えば行動原理が原作者が同じ石ノ森章太郎の『キカイダー』っぽいところがありますね)
そして、バッタオーグメント第1号に対抗するために産み出された第2号としてイチローに造られた存在が一文字隼人でした。彼の立ち位置は特殊でプラーナによる洗脳を受けイチローの尖兵としてルリ子と本郷の前に立ちはだかる敵でした。しかしルリ子によるハッキング(パリファライズと呼称)で自由意思を取り戻し、彼女を襲ったカマキリカメレオンオーグを倒します。原典であるTVシリーズでは突如として現れ本郷猛が(実際には撮影中のバイク事故での骨折、それをオマージュしたかのような2号との対決で1号が足を砕かれるシーンがあります。)ショッカーを追って海外に行ってる間、留守を任されたとして現れあまり過去については語られませんでしたが同じくショッカーに拉致され改造されたという事ぐらい、職業もルポライター?だったように記憶していました。(先ほど東映公式で確認するとフリーカメラマンでした。記憶とはいい加減なものです。)今回の一文字はジャーナリストを自称し、洗脳解除後もつるむのは性に合わないとすぐには合流しませんがイチローのアジトに向かう本郷を助けに行きます。柄本佑の陽性な口ぶりなれどバックボーンがあると思わせる佇まいやピンチの中でも飄々とする姿勢は頼もしさもあるまさに力の2号といった風情でした。(もっとも技も本郷より達者な感じがするのもご愛敬かなと思いましたが。)所謂、頼れる助っ人感と素浪人っぽさで極めて古典的東映なヒーロー(時代劇、任侠映画)な造形になっていましたね。だから彼がいなければ本郷の人を信頼して託すという想いは繋がれなかったかもしれません。
「僕はあなたを信頼する、だから僕の事も信頼してくれ」とハチオーグ戦に望む前にルリ子にいう本郷。そこで彼は誰かのために戦う事が選択出来、そこから一文字へと襷を渡す事になったのですが、そこでもやっぱりはっきりしないのはその言葉は個人に向けられているからなんですよね。社会性の生き物である人間であり、そこからはみ出したといってもいい異形のヒーロー、仮面ライダーは人間の自由のために戦うのはショッカーが世界を征服し人々の自由を脅かすからです。ですが今回の仮面ライダーは自由を脅かすショッカーに対して戦う孤高のヒーロー感は何処までいっても薄い気がします。それは今回のショッカーがこの時代の悪とは何ぞやという事を製作陣が考えた結果、非常に分かりづらい敵となってしまった事にもつながっているように思います。
悪の秘密結社SHOCKER
今回の敵役であるSHOCKER、「Sustainable Happiness Organization with Computational Knowledge Embedded Remodeling」の頭文字をとってSHOCKERと呼称されるこの組織は分かりやすい指導者がいません。世界最高の人工知能として創られたアイが、その創設者(スポンサー)である大富豪により人類を幸福にするという命題を与えられ、完全スタンドアローンのアイにとって外界との接点になるJ、その発展モデルである外世界観測用自律型人工知能ケイが言わばショッカーのメッセンジャーであり介在者であり観測者という変った組織です。人類の幸福は最も絶望した人間を救済し、幸福にすることによって成し得るという解によってそれぞれ人生に絶望した人間をオーグメント(上級構成員)に改造し、そのオーグメントがそれぞれの幸福を追求する手助けをしている。結果、彼らの駒となる戦闘員(下級構成員)は一般人を拉致し簡易的なプラーナによる洗脳処置と改造によって産み出されています。とは言えこれらは台詞でしか語られないので一般人とイコールというのはすぐに飲み込めないし(それでも下級構成員を圧倒的パワーで蹂躙する仮面ライダーの力で本郷は苦悩するのですが)ハチオーグの時もプラーナによる絶対支配圏を確立した時に商店街やアジトから一旦離脱した本郷たちを囲む一般人はいましたし、ハチオーグのアジトにあるサーバーが破壊されたことで一般人は支配からは脱したシーンがありましたが、それだけで十分ととるか、そうでないかで結果ハチオーグの悪辣さや身勝手さ、傲慢さを感じる事に濃淡が出てくるのではないかと少し思いました。
もっと言えば各オーグたちの絶望が透けて見えにくい。何かがあるんだろうなというのはあるのですが直接的に結びつかない。悪く言えばクモオーグはただの偏執狂だし、人嫌いのコウモリオーグもその分類です。研究のことしか頭にない。サソリオーグは快楽殺人者でしかないし(しかも出オチ、意味はあるけどそれだけのためのようにも思える。)ハチオーグに至っては女王様(=女王蜂のイメージか?)です。ルリ子とのショッカー所属時の因縁があるにせよその絶望にどうして至ったのが分からないので感情移入出来にくい。単に支配したいのだという単純な欲望が膨れ上がった敵だとしてもこちらが映像を観た時にどこまで想像を喚起させるのか?もしかしてスピンオフマンガで補完されているのかもしれないけれど、それってちょっと違うのではないか。話はやはり映画の中で完結してこそでは無いでしょうか。そこは今作の不満点でもあります。
アンチショッカー同盟
この存在はすっかり忘れていました。TVでは少年ライダー隊とは別にショッカーの被害者たちが結成した組織が出てきたことがあったんですが名称をそう引いてくるのかと。しかもアンチですからね。この時代だと色々思ってしまうネーミングですよね。『シン・仮面ライダー』は政府の人間と情報機関の人間の2人がその同盟を結ばないかと本郷とルリ子の前に現れます。これが刑事ドラマの『MOZU』とかならば全てを隠蔽する実は本当の「敵」になりそうだけど、何かと手助けしてくれるし、優しさ故にルリ子のもしかすると友とも呼べる存在であったハチオーグ、ヒロミを倒せない本郷に代わり手を汚す…。ちと便利屋すぎやしないか?と思わないでもありません。そして2人という記号はもしやと思っていると最後の最後に種明かしかのように政府の男は一文字に立花と名乗り情報機関の男は滝だというのです。いや分かっていましたけど…うん、正直盛り上がったけど、ちょっともやもやします。それは単純に彼らが物語上非常に便利屋である事と政府の中での立ち位置が判りづらい事です。公安9課のような無任所かつ独立性の高い機関なのか、特定のバックがいるのか?後半で自衛隊の特殊部隊がチョウオーグであるイチローのアジトに踏み込み全滅した時に「我々の組織も一枚岩ではない」という事でかろうじてショッカーを危険視しつつもそれなりに綱引きもあるのかな?と想像するだけです。いや別にきっちり規定してくれとは言いませんがやはり背後に政府となれば色々思うところがあります。『シン・ウルトラマン』ではザラブの事案やメフィラスの事案でそれが浮き彫りとなり禍特対は船縁の言う「霞が関の独立愚連隊」から「独立愚連隊」へとなったんですが今回のアンチショッカー同盟は独立愚連隊感薄かったですね。
スーパー石森章太郎大戦
『シン・仮面ライダー』はSHOCKERのメインフレームたる人工知能アイの外部観測用端末であるJ(ジェイ)やその発展改良型であるK(ケイ)、そしてチョウオーグ、仮面ライダー0号など原典である『仮面ライダー』だけではなく『ロボット刑事K』や『イナズマン』など石ノ森章太郎(当時は石森章太郎)の作品をモチーフにしたものが多く出てきています。チョウオーグに変身する緑川イチローのイチローはキカイダー01だし、アイの外世界観測用自律型人工知能、Jはその形状がキカイダーをモチーフにしているのでは?という造形でジローのJではと言われていますしイチローが変身すると脱皮のように蝶の口吻のような器官が顔が割れて出てきます。その腰に巻かれた変身ベルトには二つの風車は『仮面ライダーV3』のダブルタイフーンのような造形でした。これらの物語も仮面ライダーと似通った構造を持っているし、原作漫画ではそれぞれの敵は得体の知れない大きなものでした。実は今回の決着は仮面ライダーの原作漫画から持ってきている展開もあり、それは庵野監督がパンフレットに寄せた文章でも明らかです。その意味でもこの作品はある意味スーパー石森章太郎ユニバース大戦とでもいうべきものになっているなと思いました。
シン・仮面ライダー
歪な部分もあるものの原作漫画、TVシリーズそれらを現代にアレンジした上で再構築し、仮面ライダーを印象付けるものはさらにグレードアップしたのは間違いないと思います。ですが大元がTVシリーズやWライダーの物語もあるので、敵怪人(オーグメント)も数体だした上で最強の敵と対峙するというのは作劇として当然だと思う反面、やはり怪人一人、一人の印象が弱まってしまった感はあります。それを補っているのは出渕デザインのマスクなんですが改造人間っぽさと仮面ライダーもまたショッカーの手で創られたというのが印象に残ります。アクションもいきなりの血まみれ描写(PG-12)からの本郷が呆然自失になりながらも仮面ライダーを名乗るところはやはり孤高のヒーローとして感じ入るものがありました。ストーリーはストレートかつ単純ですがそれだけにその分かりづらさがネックになっているのかと思いきや、その画面情報の圧縮密度にやられた人ほどこの作品は最後のエンドロール、TVシリーズのテーマソングメドレーが流れるところまでグッと掴まれているようにも思いました。なのでTVシリーズに囚われていると思い描く仮面ライダーではないってなってしまうかもしれませんね。tonbori堂はともかく続きが(一文字が活躍する)観たくなった、そんな映画でした。ここでシン・ヒーロー・ユニバースという展開を見せてきた4作品が出揃いましたがこの『シン・仮面ライダー』のシンは新しいのか、真の仮面ライダーなのか。是非その眼で目撃して欲しいですね。
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