亡国のいぶき|『空母いぶき』/感想|tonbori堂映画語り【ネタバレ注意】-Web-tonbori堂アネックス

亡国のいぶき|『空母いぶき』/感想|tonbori堂映画語り【ネタバレ注意】

2021年12月24日金曜日

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 クリスマスイブなので久々にヒマネタ用のtonbori堂映画語りを起こすことにしました。今回のお題は『空母いぶき』、この映画は舞台がクリスマスイブの日本、ということで久しぶりに「映画語り」として語ってみたいと思います。実は公開時のロードショーの時に観たかったんですがタイミングが合わずやなんやで見逃していたのでAmazonプライムビデオ会員特典で見放題となっていた時にこれ幸いと鑑賞しました。脚本は『機動警察パトレイバーTHE MOVIE2』や平成ガメラシリーズの脚本を担当した伊藤和典というのもあって公開時に観ておきたかったんですが結局間に合わず今頃となってしまったのは残念なんですが、それはそれとして行ってみましょう。ちなみに原作漫画は連載時は連載を一応追っかけていましたが続編のグレートゲームは連載含め全く未読です。


『空母いぶき』第二弾予告映像【90秒】(5月24日 全国ロードショー)|キノフィルムズ|YouTube|©かわぐちかいじ・惠谷治・小学館/『空母いぶき』フィルムパートナーズ

初島を奪還せよ/STORY

 東南アジアにある島嶼国である東亜連邦。周りの島々を併合しつつ軍備増強を繰り返し近隣への領土拡大(彼らによれば大国に収奪された領土の回復)を唱え昨今、日本の領海内にある波留間諸島の領有を主張し緊張が高まっていた。そんな中、海上保安庁の巡視船が初島に押し寄せる漁船の大群を発見、その後連絡を絶った後、初島に東亜連邦の国旗が翻り占領されたとの報せがもたらされる。政府は事態の確認及び初島の奪還を自衛隊に下令し近傍海域で訓練航海中の海上自衛隊第5護衛隊群は直ちに現場海域への出動を命じられた。


 昨今の周辺事態をかんがみ海上自衛隊に新設された新たな艦隊である第5護衛隊群は日本で初めての航空機搭載型護衛艦である「いぶき」を中心にイージス型護衛艦「あしたか」「いそかぜ」護衛艦「はつゆき」「しらゆき」潜水艦「はやしお」で編成「いぶき」艦長の秋津は元航空自衛隊のファイターパイロットであり米軍の空母艦長はパイロットがこれをもってあたるという事例に基づき航空自衛隊から海上自衛隊へ転籍してきた。副長の新波は海上自衛隊の生え抜きで秋津とは防衛大の同期であり秋津の底知れぬ考え方を警戒し常に専守防衛、人命尊重を旨にしている人物である。


 第5護衛隊群に先行して偵察飛行で初島に接近した航空自衛隊の偵察機RF-4Jが東亜連邦のミグ35に撃墜された。いぶき艦内は一挙に緊張が高まるが間髪入れず潜水艦から発射された対艦ミサイルで攻撃を受ける。イージス艦の対空迎撃をすり抜けた1発がいぶきの飛行甲板に損傷を与え飛行隊の離発着が不可能に。そして第5護衛隊群には東亜連邦の北方艦隊空母「グルシャ」を中心とした艦隊が接近していた。緊迫する情勢の中、政府は防衛出動を下令する。果たして「いぶき」は初島の奪還なるか?そして戦端が開かれ日本は戦後初の戦争状態になるのか?緊迫のクリスマスイブがはじまる。

『亡国のイージス』の匂い

 この作品、観る前に企画に『亡国のイージス』の福井晴敏が参加しているためか、どうにも『亡国のイージス』感があったんですが、観るとやっぱり『亡国のイージス』感があるなと(苦笑)お話の筋がまったく違うので(あちらは「いそかぜ」というイージス護衛艦が舞台で、北朝鮮の元工作員であったテロリストと手を結んだ自衛官が反乱を起こしそれそ阻止しようとする防衛庁(当時)の工作員といそかぜ乗組員の奮闘が描かれる)ストーリーからというより単純に艦内描写が多いという事ではあるんですがそれとともに「よく見ろ、日本人。これが戦争だ」(『亡国のイージス』の印象的な台詞)って感じなのですよね。『空母いぶき』原作漫画ではジャーナリスト側の描写では戦争という解決方法は常に否定的であり、戦闘行為はその呼び水になると信じ戦闘行為はなんとしても回避、紛争や衝突は外交手段によってのみ解決されると考える人物が出てくるんですが、イフという意味合いでそれでも戦闘行為が起こった時、自衛官はどう対処するのか?今そこにある危機にどう立ち向かうのか?というエクスキューズよりも、『亡国のイージス』であった工作員の如月行と先任伍長の仙石は2人で徒手空拳で強大な力に立ち向かった感が強い気がします。今度の『空母いぶき』ではそのスケールが(現場の人間で事態に対処する)が大きくなった…そんな感じにもとれるんですがどうでしょうか。ちなみに『亡国のイージス』で北朝鮮から離脱した工作員のテロリストリーダーを演じた中井貴一と防衛庁(当時)の架空の情報局担当官として佐藤浩市が出演してしましたが今回は中井貴一が市井の人代表としてコンビニエンスストアの店長、佐藤浩市は政府のしかも首相というのもますます『亡国のイージス』を想起してしまうのも大きかったかもしれません。

邦画の近代戦争描写

 邦画ではこういう作品成り立ちにくいですよね。まず現実感がない。日本は平和憲法に護られているという建前で太平洋戦争後、戦争というものを遠ざけてきた。東西冷戦下でも戦争というのは過去の「悲惨な歴史」として非戦、反戦という話だけで、「戦争という行為」はどこか遠い世界の話となってしまっていた。ただ東宝の特撮映画『世界大戦争』世界滅亡のビジョンをみせたり、『地球防衛軍』で異星人が攻めてきたら世界は協力してこれを撃退などという一足飛びなビジョンだけが提供されていたように思います。もっともこの2作がそれで悪いとは思わず『世界大戦争』では市井の人々が世界の情勢に翻弄されて最後を日を迎えてしまうのは無知なるが故という冷徹な眼差しを感じますし、『地球防衛軍』は先の大戦の愚は侵さない、だが世界の一員として血を流す覚悟はあるのか?とともに戦後世界の科学至上主義への警鐘(遊星人ミステリアンは自らの母星を原水爆戦争で破壊してしまった)があります。どちらも娯楽映画ですからスペクタクルな見せ場を用意してはありますが。


 翻ってこの『空母いぶき』では最近の日本の専守防衛への覚悟みたいなものを描くんだろうなとは思っていたんですが、所謂平和ボケしたと言われる現代の人々への警鐘で「今そこにある危機」ってものはあるにはあるにも関わらずそこが刺さってこない。今現在も中国の尖閣諸島への接続水域への侵入などが繰り返され漫画原作でも人民解放軍の派閥的な理由で中国海軍の機動部隊が己の進退を賭けてとなっていますがその覚悟を持って領土奪還(彼らにとっては尖閣は領土、釣魚島ですから)にきたのを日本としてどう対処するかという事を描いていました。まずは制空権を奪取や周辺の与那国への侵攻に対し占領状態からの奪還など日本政府が戦線の拡大を辞さないのかなどなど『沈黙の艦隊』のかわぐちかいじが自衛隊と中国が直接に武力衝突となったらというかなり架空であっても現実味のある内容になっています。


 ですが映画は東南アジア(フィリピンに近い場所に設定)にある東亜連邦という架空の島嶼国家となっています。実際にそういう事が起こり得るかと言われると絶対はないもののちょっとピンと来ません。でも無いなら無いなりにもう少し緊迫感を上げていく感じが薄いというか。アバンタイトルで説明文が出てきて、そうですかという感じなのですよね。劇中で突然海保の巡視船が銃撃、そこから海上保安庁、そして内閣にという手順があったのでその流れでそういう国家があるという説明があるのにアバンで説明文を出すの二度手間だし考える機会を奪っているように思って、そこがまずtonbori堂はネックとなりました。もちろん実写化にあたり原作のように中国とはせずに架空国家にする事は異論はないのですが、ならばもうちょっとつかみで引き込まれるように興味を掻き立てるようにして欲しかったですね。


 実際戦争状態になるなら相手の顔が全く見えなくてもいいんですけれど(その点では敵のパイロットが救出されるシークエンスがあるんですがここは良いシーンかなと思います。きれいごとではありますが今まで顔が見えなかった敵が急に一個の人として存在してくる事に思うところはあるので。)その分過剰なまでにこちらの人間関係はもっと濃く、かつ情報もキャストや背景から過多である方がいい。漫画原作は最初から敵の描写も手抜かりがなく、そして敵味方双方相手の事も知り得ているという部分での駆け引きや思惑という部分も見どころに一つではありましたが、映画は時間の制約があります、敵側である東亜連邦については国家としての描写は殆どありませんでしたがそれに対していぶき側の描写もいいものがありつつも少し淡泊な気がしました。


 またこの映画には市井の人々の描写を入れるために尺を割いているという事も特筆されます。これは原作では政府の方針に異を唱えるジャーナリストが登場し制圧されている与那国島への救出作戦のため発進するF-35をスクープするシーンがあるんですが、その代わりに取材のために乗艦する新聞記者とネットメディアの記者、そして新聞記者がその前に立ち寄っていたというコンビニのクリスマス直前の喧噪と戦争という落差を描こうとしていたんでしょうが…半分上手くいって、半分は上手くいってなかったかなという印象です。こういうシーンは難しいのでジャーナリストの部分は政府の発表に突っかかる記者というところで現場にいるというシーンはどうだったんだろうかという気も。但しクリスマスという部分が効いてい来るのとネットメディアがぎりぎりで世界を動かすという振りはああそのためかとなったので…うーん。

沈黙の艦隊

 それと最後のオチに(言わば最終対決となる寸前の回避への一手)にかわぐちかいじの『沈黙の艦隊』を引用してきたのには驚きました。実際の戦闘が海上での制空権争いと艦隊阻止に終始したことによって落としどころをそこに見出したんだと思いますが、それでも世界各国の原潜などの潜水艦が戦闘を終結させるのは『沈黙の艦隊』からの引用ではないかと思うのですよね。ネタフリはあって原作でも中国以外の米や露が水上艦を派遣すると事が荒立てられるので潜水艦で事態の推移を見守っている訳です。そういった大国の潜水艦がクライマックスで裁定者としてどーんとお出ましになる訳ですが一応国連の旗をおったててというというのがやっぱり『沈黙の艦隊』のアンチテーゼになってる気がして。日本は独力ではやはり決めきれない、最終的に仲介者が必要という。これ『シンゴジラ』もアメリカは熱核爆弾でゴジラを滅却しようとするけれど対抗する日本は内部のシンパと諸外国のというのはまさに『地球防衛軍』的であり、結局はそこに頼ざらるを得ないという結果なのかなと。これは悪い事ではないんですが、原作漫画が最後まで現場の人間力と後方の政治との駆け引きでしか最終的には解決出来ないとした部分を他者によって(ネットで世論を動かしたというのはあったとしても)どうなんだろうかと。この部分は難しい判断を迫られると思うけど少し踏み込むのは避けたのかなという印象です。

誰がために戦う

 秋津艦長はネットニュース記者の本多裕子に日本に「いぶき」は必要かと問われて「それは私がお答えすべきことではありません」と答えます。つまり観客に考えろという事なんですが、一方で秋津は相手が力をふるってくるのであれば、それに即応し、なんとなれば先制対応も辞さない面を見せてきます。また常に数手先を読み手を打つ。一方で副長の新波はあくまで専守防衛。相手が撃ってからでないと攻撃もしないし、何より人命第一。いささかステレオタイプではあるんですが2人は極端なまでにタイプが違います。ただ一つだけ共通点があり、それは日本を守りたい。その一点で未来にこの国を遺していく。それが一番の目的です。足枷も多く、人命を軽視を嫌う世論。しかし血を流さないと達成できないものもある。しかしいたずらに消耗するのではなく、対抗しうる力を正しく行使する事。もっとも今の我が国にそれが出来るのか?というエクスキューズも含めた作劇になっている事は良かったなと思います。でもそこが歯切れが良くないと映る向きもあるかもしれません。基本的に海外で同種の作品ならやったらやり返すっていうのが基本ですからね。捕虜のシークエンスで機体を捨て脱出したパイロットが、同じく救助された敵パイロットとともに艦内に収容されようとした時、恐怖に駆られた敵パイロットが衛兵の拳銃を奪いもみ合いの末パイロットを射殺してしまうシーン。米の映画では即座に射殺するパターンになると思うんですよね。(当然人命を重視するケースだって有り得るとは思いますが。)こういう状況でどうしても相手も「怯えている」のだという部分、人間であるというのを出してきたのは当然後段で世論を動かす事にもつながっているのでこのシーンは重要なんですがそういった部分に頼るのも難しいところです。というより何より内閣がまったく現場頼みで大丈夫かとなるぐらい何もできていないところが。外交部分で各国への働きかけが少し描写されたぐらいで政府対応がすごくおざなりになっていたのも気になります。とは言えこういった場合決断するだけが政治家のお仕事ではあるんですがにしても『シンゴジラ』よりも酷い感じでしたね(^^;

最後に

 戦争を「いかに終わらせるか、それだけだ」(パトレイバー2THE MOVIE)という台詞を思い出すとともに『亡国のイージス』映画版で『空母いぶき』を潤色しましたという感じの映画でしたね。可もなく不可もなしなんだけど盛り上がりに欠けてしまうという邦画の最大の欠点が出てしまったというか。それでも戦闘機の戦闘シーンなどCGとはいえ邦画では大掛かりな近未来ポリティカル軍事アクション作品ではあったと思います。それとともに怪獣映画はこういう軛から逃れる事が出来るために平成ガメラや『シンゴジラ』はあれほどに盛り上がれるのかとも。相手が怪獣ならば自然災害のメタファーや荒ぶる神の化身、相容れない者として徹底的にやれてしまうという部分が出てくるし、反対に我々が徹底的にやられることも描けるし周辺事態も台詞で匂わせでいけるしと…思わぬ効能を確認してしまったなというのが今回の感想です。

『空母いぶき』監督/若松節朗|出演/西島秀俊, 佐々木蔵之介, 本田翼/AmazonPrimeビデオ配信中

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