『戦争のリアル』|岡部いさく/押井守著|を読んで。|tonbori堂「本」語り-Web-tonbori堂アネックス

『戦争のリアル』|岡部いさく/押井守著|を読んで。|tonbori堂「本」語り

2020年8月14日金曜日

blog book

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 8月は戦争について考える事が多い時期です。それは8月6日、8月9日に原爆が投下され8月15日に日本は無条件降伏したことと無縁ではないと思います。そう言った事からこの時期戦争についての証言、検証番組などが放送されています。このアネックスでも以前NHKスペシャルのインパール作戦についての番組に関してエントリをアップしたことがあります。また戦争映画も放送されたりしてそれについて思い起こす事を促されます。

 ただあの戦争を総括したものにしても分かりづらく、またこの先、日本が戦争をという話も昨今取りざたされています。となるとなんとなくきな臭い話ではあるんですが、例えば尖閣諸島問題がそうです。そして太平洋戦争後の諸問題として領土問題としての竹島問題、そして一向に話が進まない北方領土問題、その他にも問題は山積しています。今回取り上げる『戦争のリアル』という本はそれに対しての処方は一切載っていません。押井守という映画監督と岡部いさくという軍事評論家が対談形式で戦争について語っている本です。でもそこから色々な気づきがあるのではないか?と思い久しぶりに書庫から取り出して読んでみました。それについて少し書いてみたいと思います。

戦争のリアル/押井守/岡部いさく/エンターブレイン(リンクはAmazon)/tonbori堂撮影


あの決定的な敗戦から75年

 実は『戦争のリアル』は2008年に刊行されたため各論(軍用装備やディテール)から語る部分では既に古くなっているところがあります。例えば次期戦闘機F-Xについてはあの当時まだ日本はF-22ラプターを米から購入するための交渉を続けていました。なのでF-XはF-22前提として話が進んでいきます。ちなみに押井監督は性能云々は置いといてもスホーイ推しでした。世界一美しい(と一部でもっぱら評判の)戦闘機Su-27フランカー。フランカーはNATOのコードネームでSu-27から派生したシリーズを指すのですが、東側の当時の最強戦闘機で実はそのあと北朝鮮も保有しているということで話題になりもした戦闘機です。そのフランカーを購入してはどうかという大胆不敵な提案をしています。また近海防衛に軽空母にハリアー搭載という話もされていました。なぜハリアーか?それはハリアーの姿に日の丸がよく似合うからだそうです(ヲイヲイ😅

RPG-7/携帯対戦車擲弾発射器
PPG-7携帯対戦車擲弾発射器/画像はWikipediaより

また日本人にはRPG-7(ソ連が開発したロケットランチャー、映画『ブラックホークダウン』でもSH-60を撃ち落とした武器としても有名、基本的には対戦車用の兵器)が似合うだの、装備品のディテールなどから戦争を語っているのが本書ですが、一番の着目点は(その各論も面白いんですけれどそれは多分にミリオタや軍事好きの視点でないと楽しめない部分が大きいのです)まず最初に語られる「総論」なのです。

写真はイメージです/戦場/Pixabayより
写真はイメージです。/Mike CookによるPixabayからの画像

敗戦のトラウマ

 これが総論の軸になっていると言っていいでしょう。そして10年以上前に書かれたこの本で指摘された事が一部では多少されては来ているのかな?とは思いますが概ねではまだ先の敗戦を総括せずにやってきた。先の大戦でのケリをつけないまま75年が過ぎ世界情勢がCOVID-19禍で揺れ、米と中国のいわゆる新冷戦とでも呼べる構造。そして未だ続く中東の情勢不安にまでも未だにセンチメンタルな部分で語ろうとする世界のパワーポリティクスではなくどこかそこを一種の禁忌として考えている部分もあるように感じます。それらは敗戦による戦後教育と、押井監督の子供頃から児童雑誌に描かれる空想兵器、そしてtonbori堂のような60年代組はそういったものからやがて本物の空想、ロボットアニメ、SFアニメを通じて描かれる戦争へと。


 リアルな戦争ではなくフィクションの戦争を浴びるように育ってきた我々。だけど未だに日本は軍を持たない国です。自衛隊は軍としての体裁を持っていようともです。9条問題も結局神学論争に陥り出口が見えないのもやはりそれは敗戦のトラウマと言えるかもしれません。同じ敗戦国であるドイツ(西ドイツ)が戦後占領をを受けながらもベルリン封鎖、NATO加盟など軍を再編し正面兵力を拡充させました。それはドイツが文字通りの東西冷戦の最前線であったことに他ならないからなんですがベルリンの壁崩壊でそのタガが一度は外れた。平和がやってきてグローバリゼーションで世界は一つになれる…なんてことはなく結局は民族主義が反動で盛り上がり、北朝鮮は核武装へまっしぐらな訳です。それでも敗戦国としての安寧に身を任せた、押井監督はルーザー(負け犬)の誘惑に屈し続けてきたと語っていらっしゃるんですがそれがまだ続いていると見て間違いないと思います。

ルーザーの遠吠え

 そのルーザーの誘惑に屈したため軍隊、他国との緊張論の場合での多数の反応は沈黙。ミリオタ系または反動保守が勇ましく撃ち返せ。いや最近では先制攻撃という話までも。政治家までがそれに乗っかっていますがその場合のカウンターなど対抗策なども考えなければなりません。簡単に攻撃された、反撃しましただけでは終わらない。戦争を始めるのは容易いけれど終わらせるのは難しい。そういった事を含めて思索するのに使っている装備、ガジェットから斬り込むというのはアニメを長年作ってきた押井監督らしいなと思います。


 じっさい兵器というのはその目的のために研ぎ澄まされ作られたにも関わらず、なんじゃこれ?とか、こんなもので相手を倒せるのか?というものまでありますからね。そういった切り口で今、我が国は本当に戦えるのか?という事がおぼろげながらに浮かび上がってきます。それは次期戦闘機F-Xではっきりするんですが、結局何を目的にするのか?そしてその任務は?求められる性能を加味すると実はハリアーでも事足りるんじゃないか?例えば今よく叫ばれる島嶼防衛は着陸する事も難しい遠方地。部隊を上陸させるために上空援護を考えればVTOL機が一番。もっともその任務を考えると現時点でのF-XとなったF-35Bはその仕様を満たしているという話になりますが、押井監督はあの形は美しく無いし画にならないということでお気には召さないでしょうね(笑) 

正義の戦争と不正義の平和

 井伏鱒二の小説『黒い雨』主人公が口にする台詞です。(映画にもなっています)ですが押井監督作品でも印象的にこの台詞が出てくるシーンがあります。『機動警察パトレイバー2TheMovie』で特車二課の後藤隊長と陸幕調査部の荒川が密会した後に流れる台詞のみでの2人のやりとりの中で交わされる中で後藤隊長が言う台詞です。少しそこから抜き出してみましょう。
  • 荒川:後藤さん。警察官として、自衛官として、俺達が守ろうとしているものってのは何なんだろうな 前の戦争から半世紀。俺もあんたも生まれてこの方、戦争なんてものは経験せずに生きてきた 平和 俺達が守るべき平和 だがこの国のこの街の平和とは一体何だ? かつての総力戦とその敗北、米軍の占領政策、ついこの間まで続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦争によって合成され支えられてきた、血塗れの経済的繁栄。それが俺達の平和の中身だ。戦争への恐怖に基づくなりふり構わぬ平和。正当な代価を余所の国の戦争で支払い、その事から目を逸らし続ける不正義の平和
  • 後藤:そんなきな臭い平和でも、それを守るのが俺達の仕事さ。不正義の平和だろうと、正義の戦争より余程ましだ
  • 荒川:あんたが正義の戦争を嫌うのはよく分かるよ。かつてそれを口にした連中にろくな奴はいなかったし、その口車に乗って酷い目にあった人間のリストで歴史の図書館は一杯だからな だがあんたは知ってる筈だ。正義の戦争と不正義の平和の差はそう明瞭なものじゃない。平和という言葉が嘘吐き達の正義になってから、俺達は俺達の平和を信じることができずにいるんだ 戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる。そう思ったことはないか その成果だけはしっかりと受け取っておきながらモニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。いや、忘れた振りをし続ける。そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下されると
  • 後藤:罰? 誰が下すんだ。神様か
  • 荒川:この街では誰もが神様みたいなもんさ。いながらにしてその目で見、その手で触れることのできぬあらゆる現実を知る。何一つしない神様だ。神がやらなきゃ人がやる。いずれ分かるさ。俺達が奴に追い付けなければな
  • 『機動警察パトレイバー2 The Movei』押井守監督/製作バンダイビジュアル-東北新社-イング/荒川と後藤の会話より引用/強調はtonbori堂による

 少し引用が長くなってしまいましたが実はここの押井監督の(脚本は伊藤和典氏)考えが現れているのではないかと思うのです。原水爆を禁止、もしくは廃絶は日本の悲願とも言われていますがなかなかその道は遠く険しい。ですがその一助になるはずの『核兵器禁止条約』を日本は米の核の傘の元にあるために調印も批准もしませんでした。政府の答弁はそういった国と核保有国を繋げ包括的に核軍縮を目指すといっていますが具体的な戦略、戦術もまったく見えてこない。


 荒川さんの言うところの血塗れの経済的繁栄を謳歌するために大国の意向に沿う。それが生存戦略として正しいのかどうかの議論もまともにされずに(討論番組ってのは朝生からいろいろありますがあれは空気を投げつけているだけの空虚な番組で討論どころか議論にもなってるとはtonbori堂は思いません。)また個々では建設的に議論しようとしても結局は堂々巡り。それがこの戦後75年だったような気がします。ただ『機動警察パトレイバー2TheMovie』の1990年当時はまだその雰囲気だったものが徐々にまとわりついてきた感じがあったのは所謂ゼロ年代2000年代でした。だからこそ押井監督も『戦争のリアル』という本を出版されたのだと思います。その数年後だったか、いやもっと後最近ではさらに状況が悪くなっているという発言をどこかでされていたように記憶しています。(残念ながらソースが掘り起こせませんでした)とは言え周辺事態のことなどを真剣に我々個人が考え始めもっと多様な考えを発信しなければ付和雷同で流される事に慣れた空気に流される我が国の大衆は一気に極端に振れるのではないかと感じるのです。


戦争を止めるならまず戦争を知るべし。『彼を知り己を知れば百戦殆からず』古代中国の兵法である孫子に記された一文です。日本人は戦争と言う貌の一面しか知り得ていないのではないか?当然tonbori堂もです。だからこそあれこれ知る事それが大事だと思うのです。最初は極端な事でもそこから掘り下げていけば何かに突きあたる。その時正義の戦争と不正義の平和の貌も見えるかもしれません。戦争というものを色々な方面から捉えなおそうという今だからこそそれこそあらゆる事を考えるいい機会ではないかと改めて読んで思いました。

※『機動警察パトレイバー2 TheMovie』おぼろげな戦争の貌が見えるかもしれません。

※『戦場のリアル』内容の細かいところは若干当時の情勢に沿っていますが内容は今でも通じる話があります。

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