美しき煉獄|『風立ちぬ』(2013年公開|日本/スタジオ・ジブリ制作)|tonbori堂映画語り【ネタバレ注意】-Web-tonbori堂アネックス

美しき煉獄|『風立ちぬ』(2013年公開|日本/スタジオ・ジブリ制作)|tonbori堂映画語り【ネタバレ注意】

2021年8月27日金曜日

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 ジブリの新作『アーヤと魔女』の応援企画として夏の終わりに3連発ジブリという何時もの金曜ロードショーで放送されました。そこで『風立ちぬ』が放送されました。『風立ちぬ』は今のところ宮崎駿の最新作です。スタジオ・ジブリで宮崎駿監督の新作が製作進行中とはいえ、公開前にこれが最後の宮崎駿監督作という宣伝文句もあって、ヒットしたことも記憶に新しいところではあります。また効果音すべてを人が発する音にするとか、主人公の声優を映画監督の庵野秀明に任せるという部分まで何かと話題も豊富でした。今回はその『風立ちぬ』について書いてみる事にしました。

『風立ちぬ』/宮崎駿監督/スタジオ・ジブリ
『風立ちぬ』場面写真/©スタジオ・ジブリ/宮崎駿監督作品



『風立ちぬ』/STORY

 主人公は堀越二郎、零式艦上戦闘機の設計者として有名な彼を主人公としたフィクションです。もともとは模型雑誌モデルグラフィックスで連載されていた宮崎監督の『雑想ノート』という漫画(イラストストーリーに近い)の一篇として描かれたもので、このシリーズは同じく映画化となった『紅の豚』やドイツ軍のタンクエース(戦車乗りの撃破王)で名高いオットー・カリウスを豚に擬人化して描いた『泥まみれの虎』があります。この『風立ちぬ』も1冊にまとまっているのでくらべてみるのもいいかもしれません。この映画は史実と虚構が重なっているのでややこしいですが堀越二郎を主人公としながらもお話のベースが堀辰雄の『風立ちぬ』ということなので実際の堀越二郎のお話ではないのです。そこも注意が必要かもしれません。(特段映画に注釈が入っているわけではなく最後に堀越二郎氏と堀辰雄氏への献辞があるのみなので分からない方もいるかもしれませんが実際の堀越氏の奥方は戦後もご存命でした。)

STORY/【※結末まで記しておりますのでご注意下さい】

 物語は二郎が夢を見るところから始まります。自ら作った飛行機で空をに飛ぶ夢。しかし何か異形のものが攻めてきて自分の飛行機は落とされてしまいます…とそこで夢は醒めてしまいます。そしてまた夢を見た二郎はそこでカプローニという紳士と出会います。彼もまた飛行機に魅せられた人物で二郎に夢を追うように諭します。やがて成長した二郎は東京に出てきて飛行機の設計を学びます。自らの手で自由に空を飛ぶ「美しい」飛行機を作るのが彼の夢です。


 1923年9月1日、帰省から東京に戻る汽車の中で二郎はある令嬢と知り合います。その時に関東地方を地震が襲います。関東大震災です。一緒にいた女中が骨折してしまい。彼女をおぶって避難する二郎。彼女の家の方は既に焼け落ちていましたが家人の者たちに引継ぎ二郎は帝大に向かいます。学舎も既に火が回り書類や書籍を運びだしている真っ最中でした。学友の本庄とともにまだ焼けていない書類を運び出す二郎。建物が燃えてもなお2人はまだ飛行機に対する情熱は失っていません。


 やがて二郎と本庄の2人は航空機メーカーの三菱に入社するのですが、ここでも二郎はめきめきと頭角を現していくのですが試作戦闘機を任されたものの、飛行試験は失敗し失意のうちに上司から一度静養をすすめられ軽井沢に赴きます。そこで震災の時のあの令嬢と再会するのです。お互いに意識し始める2人でしたが令嬢、里見菜穂子は結核を患っていたのでした。軽井沢に来たのも空気のいい場所で静養するのが何よりの養生だったのです。


 しかしそれを知ってもなお二郎は菜穂子に結婚を申し込みます。菜穂子は二郎とともに生きたい願い人里離れたサナトリウムへと入院しました。しかし二郎と一緒にいたい菜穂子はサナトリウムを抜け出し二郎の勤め先である名古屋に。二郎は菜穂子に付き添いたいと思いますが情勢がきな臭くなり軍の新型機の開発にとりかかっておりそれどころではありません。2人は上司の黒川と細君に願い出て黒川の自宅にある離れを使わしてもらう事に。そしてその日のうちに仮祝言を上げました。


 日中は会社で設計、そして帰ってきても少しの間しかいられない2人。それでも菜穂子は幸せでした。しかし日に日に菜穂子は衰弱していきます。郷里から医者を目指している妹の加代を呼んで日中の世話をしてもらおうと呼ぶまでしましたがある朝、試作機の試験飛行に出掛ける二郎を見送った後、菜穂子はサナトリウムに戻りました。美しい時の自分だけを永遠に覚えておいて欲しかったから…。


 やがて戦争は終わり夢で二郎は再びカプローニに出会います。君はいい仕事をしたと二郎の健闘を称えますが、二郎は悲しそうに作った飛行機は一度も戻ってこなかったとうつむきます。しかしカプローニは君を待っていた人がいると指をさすとそこには菜穂子がいました。そして二郎にこう答えました「生きて」と…。

『風立ちぬ』場面写真/©スタジオ・ジブリ/宮崎駿監督作品
『風立ちぬ』場面写真/©スタジオ・ジブリ/宮崎駿監督作品

風立ちぬ/「二郎の夢」

 最初と最後に出てきたカプローニが登場する世界。二郎の夢と思われていますが、あれは『紅の豚』にも登場した飛行機の墓場、煉獄のような場所ではないかと指摘している人がいます。この話は実際の堀越二郎の伝記ではありません。物語の骨格は堀辰雄の小説『風立ちぬ』から着想を得たフィクションです。実際の堀越二郎の細君はご健在で終戦を迎えました。これはあくまでも宮崎駿監督の妄想なのです。モデルグラフィックスでの連載もこのシリーズは基本的に宮崎監督の『妄想』と銘打たれています。

 実話を基にした『泥だらけの虎』は実際にあったことをベースにしていますが登場人物を全て豚にしているところからもこれは自分の妄想という線は崩しません。実はモデルグラフィックスの連載にしてからも二郎は豚でした。『紅の豚』と同じです。ただ菜穂子は人でした。ここも紅の豚と同じですね(笑)宮さんの趣向が良く出ています。とはいえ『紅の豚』ではポルコだけが豚でしたが『風立ちぬ』では菜穂子以外が豚。つまり自分の分身でもある豚を(宮さんが自分を描くとき豚で書くのはよく知られています。)描いている『風立ちぬ』は自分の中の兵器好きだった子供時代、好きな作家のストーリーがベースになっているのは明らかに青年時代の妄想の産物です。濃縮された宮崎駿の夢に他なりません。つまり二郎の夢=宮崎駿の夢なわけです。

 だからパンツを下ろしてないと庵野監督に喝破された『紅の豚』からこれは宮崎駿がさらけ出されていると言われる、それぐらい宮崎駿の妄想小説めいたものと言っていいと思います。それはすなわち宮崎駿という人のパーソナルな想いにほかなりません。二郎の夢はそのままその当時の少年宮崎駿の夢の世界でもあったという事です。ただそれを原作通りに豚にすることもせずちゃんと人として描いたのもご本人なりの決意とこれまでの決算という気もあったんでしょう。だからこそ引退宣言までも飛び出した。もっとも生来の「描く人」だから辞めるとといっても辞めれないと思ってましたが(笑)

宮崎駿の美しき煉獄

 宮崎駿という人は二律背反なところがあって戦争には大反対だけど、兵器は大好きなんですよね。その部分が二郎の夢にダダ漏れになっている。『紅の豚』の時はそれをロマンチシズムでオブラートしたんで、庵野監督からパンツを降ろしてないと言われた訳ですけど、あれも相当、兵器というか飛行機大好きな部分はダダ漏れでした。今回はそれ以上に自分の趣味趣向を、現実の世界のフィクションに落とし込んできた事で相当に奇妙な夢と現実の交錯する世界となったのです。人は生きねばならぬ、しかしという命題。夢を追い求めても現実はそこにある。まさに答えのない迷宮。もし楽園があるすると現実ではなくあの世とこの世の狭間、煉獄にあるのではないか?それでもやはり人は現実に生きねばならぬ。そういう事じゃないのかと、この作品を観て思うのです。宮崎監督はそれまでファンタジー世界で自分の妄想を描き出そうとしていた、現実を書いてもそこは戻る所であるとしていた(『ポニョ』でもギリギリそうでした)が完全にクロスオーバーさせてしまった事で自分の脳内をさらけ出してしまった宮崎駿監督が作る次の作品はどのような煉獄になるのだろうか?と今から楽しみにしています。

今作品を観たときに書いたエキサイトブログのエントリ

美しき異形『風立ちぬ』 : web-tonbori堂ブログ

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※モデルグラフィックスで連載された「原型」となった物語をまとめた書籍。『風立ちぬ/宮崎駿の妄想カムバック』(大日本絵画)/Amazon

※堀辰雄の「風立ちぬ/菜穂子」(小学館文庫)/Amazon

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