やっと観る事が出来ました。『FORD v FERRARI』こと『フォードvsフェラーリ』、アメリカを代表するビッグカンパニーであったフォード。モータリゼーションや自動車とともにあった米の自動車会社が、低迷する販売に対して打った一手がモータースポーツへの参入。しかも王者フェラーリを買収という手に出たものの買収失敗、それに立腹したフォード創業者の息子ヘンリー・フォード2世(デュース)はル・マン24時間耐久レースでフェラーリを打ち破ることを誓うのですが、それまでモータースポーツには縁遠かったフォード。そこで宣伝販売担当のアイアコッカはある人物に白羽の矢を立てます。その人物はアメリカ人で初めてル・マンで優勝したレーサーで心臓の弁膜に問題を抱えレーサーの道が途絶え今は自らプロデュースしデザインしたACコブラというスポーツカーの製作とマネージャーをしているキャロル・シェルビーでした。
このお話はアメリカを代表するビッグモーターカンパニーがモータースポーツでも覇者になろうとしたというものではなく2人のレース好きの男の友情と彼らの人生のお話です。レースを通じて己の奥底にある衝動を解き放ち、また己を見つめる衝動と欲望と友情の物語。それがこの『フォードvsフェラーリ』です。
フェラーリをやっつけろ|STORY
フォードはアメリカを代表する自動車会社だが販売は低迷していた。それを打破するために戦後のベビーブーマーに向けて訴求するカッコイイ自動車を、そしてそれに箔をつけるために今こそモータースポーツに打って出る事をオーナー(会長)であるヘンリー・フォード2世に進言する宣伝担当重役アイアコッカ。彼はイタリアの名門スポーツカーメーカーでありレーシングチームを擁するフェラーリの買収を提案する。長年のレース活動のためフェラーリは破産しかかっていた。こちらの提示する額ならすんなりと話が進むだろうと考えていたアイアコッカ達だったがフォードのコントロールでは自由にレース活動が出来ないと考えたフェラーリ総帥エンツォはけんもほろろに追い返した。「醜い自動車を醜い工場で作っていればいい、所詮彼は2代目だ」と。それに激怒したフォード2世はアイアコッカに金に糸目を付けぬ、ル・マン24時間レースで連続王者になっているフェラーリを負かせろとアイアコッカに厳命する。
キャロル・シェルビーは元レーサーだったが心臓に持病を抱えレーサー廃業を余儀なくされる。今のシェルビーの仕事は自らのファクトリーで製作しているACカーズのシャシー(車体)にフォードのビッグパワーエンジンを積み込んだスポーツカー、ACコブラを売り込むこと。今日もSCCA主催のレースに顔を出し未来の顧客や腕のたつドライバーと交流を図っていた。そのレースに参加していたケン・マイルズはイギリスから移住してきたレーサーでメカニック・エンジニア。腕は立つのだが口が悪く偏屈なため人付き合いが苦手で整備工場を経営していたが苦労をしていた。レース前車検で係員からトランクの容量で失格を申し渡されると係員に猛烈に食って掛かるが間に入って仲と取り持ったのがシェルビーだった。しかしそのシェルビーにも憎まれ口を叩くマイルズは思わずスパナを投げつけてしまう。
レースが始まりトップを猛追するマイルズ。逃げるトップに対しパッシングポイントをレースを観戦しながらここだと独り言をいうシェルビー。そのポイントでマイルズは仕掛け見事に優勝する。マイルズが投げつけたスパナを拾いシェルビーは帰って額に入れる。しかしマイルズの工場は火の車で差し押さえられ彼は生活のため、そして40歳を越えた年齢を考えレース活動からは身を退くことにした。
シェルビーを訪問したアイアコッカはフェラーリを破る事が出来るかどうか尋ねる。そんなに簡単な話じゃないというシェルビー。しかしレース活動に対する熱い想いが燻っていた彼は別の整備工場で雇われ整備工をしていたマイルズを誘う。フェラーリをル・マン24時間で破る。しかも猶予は90日しかない。一笑に付すマイルズだったがともかくル・マンへの参戦を表明する新車の発表会に来てくれと頼むシェルビー。しかし明らかにブルーワーカーなマイルズにとってはホワイトカラーの集う発表会は鼻もちならないものであり、息子ピーターが手を触れたマスタングに関して、それを見咎めた副社長のレオ・ビーブに対して辛辣なマスタング評を放つ。しかしマイルズの腕を欲したシェルビーは空輸されてきたばかりのル・マン参戦用のマシン、GT40をマイルズに試乗させる。未完成だがポテンシャルを秘めたGT40に激しく心が揺れるマイルズ。妻のモリーやピーターの後押しもあってチームに参加するが組織に馴染めないマイルズを疎むビーブは彼を外せとシェルビーに要求する。
苦渋の末、マイルズを外したシェルビーだったがル・マンでの戦いは散々なものだった。やはりル・マンを制するにはマイルズの力が必要と思ったシェルビーはマイルズを再度誘うが代わりにパンチを喰らわすマイルズ。殴り合ってお互いの想いを吐きだした後、もう一度シェルビーと組むことにしたマイルズ。しかし上層部を説得するのは至難の業。一計を案じたシェルビーは社長と直談判し前哨戦であるセブリング耐久レースで優勝する事を条件にマイルズをル・マンに連れていく事を認めさせた。レースは同じフォードのワークスに苦戦したがレブリミット(制限回転数)7000rpm以上でもいける手ごたえを感じたマイルズにゴーサインを出すシェルビー。最後に逆転し優勝、晴れてル・マンに挑戦するシェルビーとマイルズ。相手はエンツォ率いる王者フェラーリ。果たしてシェルビーたちは王者に打ち勝てるのだろうか?
『フォードvsフェラーリ』パンフレット表紙 |
7000回転の世界
冒頭、アバンタイトルでシェルビーがアストンマーティンを駆ってル・マンに挑んでいるシーンからこの映画は始まります。意識朦朧しながらもピットインしてくるシェルビー、給油時に熱くなったボディの熱で気化したガソリンが燃え彼のスーツに燃え移るあたり、24時間戦うレースの厳しさ、そして同じコースをひたすら突き進む過酷さを感じさせる導入部でtonbori堂はやられてしまいました。
今はもうクルマと縁遠い生活をしていますがモータースポーツに片足つっこみ、さらには友人たちとこんな本格的なものではないですが草レースに毛が生えた感じでの耐久レースに参戦したこともあるので、シェルビー(マット・デイモン)の心情とかピットクルーの事とかもう分かりみしかないという感じだったのです。そして彼のモノローグ。時間と空間がどんどんあいまいになって心だけが走る、7000回転の世界。ある意味『湾岸ミッドナイト』の世界ですよね。一歩間違えればポエムの世界なんだけど、それを支えるのは技術に裏打ちされたテクニック、エンジニアリング、そして経験。それらが全て合わさった上で研ぎ澄まされたスピリット(精神)があるものだけがレースに打ち勝つ。
フォードGT40(ミニカー)1968参戦時ガルフカラー |
もう冒頭だけで満足しそうな勢いでしたがシェルビーだけではル・マンで戦う事は出来ませんでした。彼はもう走れない。そのため自分の半身として、考え方も性格も違うマイルズを選びました。イギリス生まれで労働者階級の出身。扱いづらい世間体を気にしない傍若無人な昔気質のレーサー兼メカニックのマイルズと時にはぶつかりながら、ル・マンでフェラーリを倒すという目標に向かって突き進む2人はこの映画の真芯です。
シェルビーがモノローグで口にする7000回転。一口に7000回転といっても、エンジンにはレブリミット(制限)がありそれを越えるとブローしてしまいます。エンジンの回転計(タコメーター)で黄色から赤で示されている範囲です。チューンされたエンジンは1万回転回るものもありますが当時の水準で7000は相当なものです。(レブリミットは排気量や出力、トルク、4サイクルか2サイクルによっても変わってきます。)劇中でコーナーリングを行う時のシフトダウンで下のギアに入るとエンジンは一気に回転数をあげてしまいそれこそエンジンブロー(破壊)の危険性が出てきます。7000回転を維持して走るというのはシケイン(スピードを落とさせるために設けられた急角度のコーナー)に侵入時にエンジンに大きな負担を強いることにもなります。そういった事を知っているだけにブレーキ重要だよなって思っていたらいきなりブレードが過熱してフェード現象でブレーキが効かなくなるシーンが出たりとか、これは本気のレーシング、クルマのレースについての映画だと思いました。
アイアコッカはル・マンで優勝経験のある唯一のレーサーであったシェルビーにル・マンで勝つにはどうすればと問うた時、金だけではないと言います。実際巨万の富をつぎ込んでも勝てない時は勝てない。それがレースです。そういうとまるで魔物が住みついているかのような話になりますが、実際には人事を尽くしても何が起こるのか分からない。だからホンダ創業者本田宗一郎はF1に参戦した時に、レースは走る実験室と形容しました。モータースポーツを通じてエンジンの耐久性や普段では起こり得ない挙動による負荷のかかり方。空力などなどその知見は何事に持っても代えがたいものなのです。
とは言え当然メーカーがワークスとして参戦するにはパブリッシングが大きな理由としてありそもそもフォードがレースに参戦する大きな理由もそうでした。またそういう人たちは金をだせば勝てるマシンが作れると思いがちですがシェルビーはそうではないと説きます。マシンの開発には経験豊富でそれをマシンにフィードバックできるドライバーが必要であることを。だから彼にはどうしてもマイルズが必要だったわけです。フェラーリにはそういう才能はいませんでしたが、元よりレーサー出身であったエンツォが指揮し、またレースに通じた有能な技術者が集結していたからこそ王者に君臨できていました。但し元よりワンマンなエンツォと愛息であったディーノが若くしてこの世を去った事で一時社内がガタつき有能な才能がフェラーリを去った事や市販車の販売にさほど興味の無いエンツォの経営でフェラーリは破産状態に陥り破格のオファーをすぐ受けるとフォードに思われていましたが😓それがけんもほろろに蹴られました。ことレースに関してはプライド(矜持)があるカーガイそれがエンツォ。そして当時のフェラーリはモータースポーツ界に君臨する強者だったのです。
エンツォ・フェラーリ
タイトルロールに『フォードvsフェラーリ』とありますが上にも書いたように実際にはシェルビーとマイルズの物語であり、アメリカでほぼ物語が進み、アイアコッカがイタリアに出向く事とレースでル・マンに行くぐらいでフェラーリというのは一種のアイコンとして描かれています。有名な買収を蹴ったシーンとマイルズが参戦した1966年のル・マンにレースを監督するためにやってきたシーンぐらいです。だけど1966年ル・マンで本当にちょっとだけだけとフォード社長ヘンリー・フォード2世とはまた違う、そしてレース屋としてのエンツォが垣間見えるのです。これはちょっと良いなと思いました。
ル・マン24時間は24時間行われるので何が起こるか分かりません。特に危ないのは夜です。そしてル・マンではよく雨が降ります。夜に降ったらそれこそ視界は劣悪以外のなにものでもありません。その上時速250㎞オーバーではさらに視界は狭まります。そんな時にフォード2世はヘリコプターで暢気に食事に行っちゃう訳です。しかしエンツォはチームの進捗状況を監督し、叱咤しています。ここでかの自動車評論家であった徳大寺有恒が言うところのカーガイはどっちか?と言えばそれは間違いなくエンツォであると思うのです。ヘンリー・フォード2世は明らかに愛人か年若き妻と思しき女性とサーキットを後にして食事に行くデュース(2世)はシェルビー・アメリカン(シェルビーのレースチーム)からも、よくもまあと呆れられているかのようなシーンが挟み込まれているところからも明らかです。実際にはエンツォはサルテ・サーキットに行く事は無くモデナのフェラーリ本社から動くことは無くこの辺りはマンゴールドの創作だそうです。でもレース屋としてのエンツォとビジネスマンとしてのデュースとの差を強調のための挿話としてはかなり効いていたと思います。
そう思うとそこはちゃんと短いながらも「オールドマン」エンツォをマンゴールド監督がちゃんとリスペクトしているのだなと思いました。実はもう一つ大事なシーンがあるのですがそれはスクリーンでのお楽しみに。一方フォード側の人間はアイアコッカはシェルビーを連れてきたのでそこまで悪い人物として描かれてはいませんがデュースのワンマンぶりや副社長のレオ・ビーブといいまるで池井戸作品に出てくるダメな企業人のように描かれています。いわゆるスーツ組ってやつですよね。ブルーカラーvsホワイトカラーといってもいい。パンフレットのタイトルロゴ、フォードは薄いブルーでフェラーリは赤ですが白地にシェルビーとマイルズ、GT40となっているところもそこを指しているのかなと。この辺りは分かりやすい感じに描かれているんで最初は、あれ?マンゴールド監督ってそういう作風だっけ?と思ったものです。
ジェームズ・マンゴールド
彼のフィルモグラフィの中でtonbori堂が観た映画はそんなに多くはありません。最初の映画はマイルズ役クリスチャン・ベールも出演している西部劇のリメイク『3時10分、決断の時』でした。分かりやすいハッピーエンドではなくビターエンドな西部劇でしたがその手腕は凄いなと思ってその彼がX-MENシリーズの人気キャラであるウルヴァリンをメインに日本をフィーチャーした『ウルヴァリン:SAMURAI』を監督すると聞いたときにはかなり期待したものです。まあそれについてはこもごも思うところはあるんですが、でも彼の評価が決定的に上がったのは続くヒュー・ジャックマンのウルヴァリン最終作『LOGAN/ローガン』でした。これは『JOKER』を観るまではアメコミ映画での最高傑作ではないかと密かに思っていた1本です。それを取った監督が、今度はGT40の開発を指揮し、ル・マンでフェラーリをやぶったシェルビーの映画を作る。しかもそのシェルビーと組んだ男との物語と聞けばそりゃ盛り上がるしかない訳ですよ。
でもやっぱりマンゴールドが撮るならただ単にフェラーリを破っただけではないシェルビーも元々レーサーだったけれど身体を壊して夢破れたところがある言わばルーザー、ルーザーの挑戦という部分もフィーチャーされてくるのかなと。当然マイルズだって当時既に40歳を越えレーサーとしてベテランだけど盛りは過ぎている訳です。だからそういうルーザーのチャレンジとして燃える部分が出てくるのではと思ったら予想以上にそこ盛り上げるしさらに企業の理由をねじ込んでくる背広の男達など、あれこれ池井戸潤の作品?みたいな感じも出てくるわけです。
でもそういう単純さだけではなく、話はル・マンでの戦いが終わっても少しだけ続きます。そこにマンゴールドが描きたかったものが込められていると思うのです。ちょっぴりビターだけれどあの時確かに俺たちはそこにいたという。泣けますよこれは…。シェルビーの事は知ってたけどマイルズの事は殆ど知らなかったし…。まあ若干マイルズの奥さんはいい人すぎなくない?とも思いましたけどね、ラストシーン、いやグッときましたよ…マンゴールド節でした。
最後に
とは言えやっぱりエンツォ・フェラーリって人も凄い魅力的で独善的で、独裁者でモータースポーツに人生を捧げたという、実際にルマンに出向かなかったとかその他でも本当にエピソードに事欠かない凄い人なので次は彼の話を観たいなと思ったのが一つ。それとマスタングについてのシェルビーとアイアコッカのコラボレーションによるマスタングの話とその後のフォードのモータースポーツ参戦の話を「フォードvsフェラーリ」ドラマシリーズとかでネットフリックスでやんねえかなーって思いましたね。なんせまだまだ山あり谷ありなんですから。もっと言えばル・マンではメルセデスベンツとジャギュアの因縁とか(フェラーリも参戦していました)それにフェラーリを上回る絶対王者ポルシェなど、まあモータスポーツとそれに携わる人たちにはまだまだドラマが一杯あるんで是非ともそういう作品がまた産まれて欲しいと思います。
© Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.追記2020.02.10:アカデミー賞作品賞にノミネートされてはいましたが残念ながら受賞はならずでした。しかし音響編集賞と編集賞の2冠に輝きました。めでたい(*´ω`*)
ル・マンと言えばこちらもシェルビーのACコブラを予約してたスティーブ・マックイーンが主演した淡々とル・マンを走る映画です。
※Amazon.co.jp: 栄光のル・マン [Blu-ray] : スティーヴ・マックィーン, ジークフリート・ラウヒ, エルガ・アンデルセン, ロナルド・ライヒフント, フレッド・アルティナー, リュック・メレンタ: DVD『フォードvsフェラーリ』で描かれている事柄を追ったドキュメンタリーがAmazonprimeビデオで配信中です。プライム会員なら特典で観れます。
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