地獄への帰還者|『ザ・フォーリナー/復讐者』|感想【ネタバレ注意!】-Web-tonbori堂アネックス

地獄への帰還者|『ザ・フォーリナー/復讐者』|感想【ネタバレ注意!】

2019年5月23日木曜日

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 ジャッキー・チェンのパブリックイメージといえばドジでおっちょこちょいだけど、その功夫の腕前でピンチを脱して最後は大団円。というイメージがあると思います。実はそれだけの映画に出演しているわけではないんですが、皆さんのパブリックイメージってニコニコしている「いい人」だと思います。でも『ザ・フォーリナー/復讐者』はそういう頭で観ると、まったく違うジャッキー・チェンで戸惑う人もいるかもしれません。まずは予告編を見てください。

動画はYouTubeより|ザ・フォーリナー予告編|株式会社ツイン

 見て頂けましたか?この映画は「死んだ目」のジャッキーが爆破テロに巻き込まれて亡くなった娘を殺したテロリストを追いかけ復讐する単純なストーリーに、英国系お得意の地味で暗くそして非情な結末を迎えるポリティカルサスペンスが複線として配置されています。いわば香港の武侠作品にイギリスの冒険小説原作映画『死にゆく者への祈り』がドッキングしたと思ってもらえれば、分かりやすいかもしれません。ではストーリーを簡単に追ってみましょう。


画像はAmazonより|Ost: the Foreigner/Original Soundtrack|

地獄を見た男/STORY

 クワンは中国の少数民族出身で今はロンドンに移住したロンドン市民。小さいながらも中国料理のレストランを経営し娘を育てている。卒業記念のパーティへのドレスを見に娘と共に一緒に街にでるクワンだったがそこで爆破テロに巻き込まれてクワンは怪我を負ったものの命に別状はなかったが娘はその爆破で命を落としてしまう。


 爆破はアイルランド統一を目指す北アイルランドのテログループの一派で事件後犯行声明がでた。クワンはテロリストの名前を教えて欲しいとスコットランドヤードのテロ対策指令部のブロムリー警視長に犯人の名前を教えて欲しいと懇願するが、ブロムリーは我々もまだ捜査中であり例え分かってもあなたには教えられないと告げる。犯人は必ず逮捕すると言ってクワンを帰らすが彼は諦めきれなかった。


 インターネットのニュースサイトなどでUDIの過去の事件を調べると過去に組織の幹部で今は北アイルランドの副首相であるリーアム・ヘネシーの名前が浮上してくる。クワンは早速ヘネシーに電話をかけて爆破犯の名前を教えて欲しいと懇願するがヘネシーは取り付く島もないうちに電話を切る。


 やがで従業員ケイに店の権利書を渡しホームセンターで材料を買い込むとクワンは古びたバンで北アイルランドの港町ラーンから首都ベルファストを目指した。リーアムの公邸に向かったが剣もほろろに追い返されるクワン。しかしクワンはトイレに手製の発火装置を仕込み逆に名前を教えるようにヘネシーに迫る。


 クワンは中国からベトナムに渡りベトナム戦争に従軍。米軍の特殊部隊の技術を習得していた元兵士だった。ヘネシーはクワンを痛めつけてイギリスに帰らそうとするが一歩先を行くクワンに徐々に追い詰められていく。

 テロ対策指令部も爆破をしたグループを監視映像から徐々に特定しつつあった。クワン、ヘネシー、テロ組織、スコットランドヤードがそれぞれ爆破事件を中心に血みどろの抗争へとなだれこんでいくことになる。クワンは果たして復讐を遂げることはできるのだろうか?

死んだ目の男

 この映画、原作小説があって『チャイナマン』というストレートなタイトルがつけられているそうです。発端も経過もほぼ同じだそうですが結末はもっと救いがないとか。英国ポリティカルサスペンスやスパイ小説は結構救いのない結末が多く、最近はやりのイヤミスなんかよりもずっと前からそういう終わり方をやってきていました。いわば先駆者とも言えます。


 ジャッキーは今までのパブリックイメージを覆すそういう暗殺者的な役を演じているわけですが暗い役や朗らかでない作品も今までにやっています。最近では(といっても結構前ですが)日本でロケをしたことで話題になった『新宿インシデント』や『ポリス・ストーリー(警察故事)』シリーズもまるっきり陽性って訳もないです。そのポリス・ストーリーとは関係ないけど警察モノだからと同タイトルシリーズとしてリリースされた『重案組』は『新ポリス・ストーリー』として公開されあまりのシリアスさに戸惑った人も多いのでは?(実はtonbori堂もそうでした。)この映画では『96時間』のリーアム・ニーソンや『イコライザー』のデンゼル・ワシントンのように昔培ったスキルで鮮やかに敵を倒す…という訳ではなく、年齢を考えれば常人ではないスキルをもっているけれど、泥臭く、粘り強く相手をじりじりと追い詰めていくクワンに新たなジャッキーを見る思いでした。


 全体の流れとしては『イコライザー2』の時のマッコールですね。身近な人が無残に殺されその復讐に乗り出す。相手はただの老人と舐めていたら、地獄の戦場を生き残った兵士だった。tonbori堂が好きな映画に『誘拐犯』って映画があるんですがチンピラだった2人が組織のボスの妊娠中の娘を誘拐し、組織から追っ手を差し向けられ対決する映画なんですが、ボスが最終的に頼るのは昔からの部下。そのリーダー格をジェームズ・カーンが演じているんですが彼が劇中で「老人をみたら生き残りと思え」と主人公たちに言うのです。ジェームズ・カーンを始めボスが信頼する部下は全員年齢が高め。つまり修羅場をくぐってきた「生き残り」なのです。今回のジャッキーもその凄みが備わっていましたが、それとともに冒頭から心底笑っている目ではないのは過酷な理由があるからです。過去に地獄のような戦場を経験し、平穏を求めて海外に脱出した過去があるからです。


 その時に爆弾で死んだ娘以外にも東南アジアからの脱出時に2人の娘をカンボジアの海賊に襲われ殺されています。そういった経緯から今度は命を賭けて護ると思っていたのに、爆弾によってそれが消し飛んでしまった。もうクワンには相手を見つけ出して落とし前をつけるしか残っていないのです。そう、彼は自ら元の地獄へ戻っていった。それが痛いほど伝わってくるジャッキーのベストアクトでした。

英国と北アイルランド

 EUから離脱ということで今揉めている英国ですが、その前には北アイルランドで問題を長く抱えていました。実はこの闘争けっこう根っこが深いものがあって、ベルファストの街並みにも壁に書かれていた『血の日曜日』はイギリス軍による発砲による殺傷事件だったり、IRAと呼ばれる組織が北アイルランドが英国から離れアイルランドと統一されるよう事を目的にした闘争の歴史があります。


 この映画のような爆弾テロが主流でその鎮圧のために英国は部隊を派兵したりと近年までこの緊張が続いていましたがヘネシーが所属しているシン・フェイン党が窓口になり講和を結んで武装解除をする方向で話がまとまっていったという経過がこの作品に反映されているのは間違いないでしょう。ちなみに劇中ではUDIと呼称(字幕)されていますがIRA暫定派(プロヴォ)と呼ばれているのが一般的です。映画を観た時は気がつかなかったけどUDIは字幕のみという記載がWikipediaにありました。IRA暫定派は分派も多くそれぞれが個別のセルとして活動しているためそういった組織の一つかなと思っていたんですが、ヘネシーも元はIRAの闘士でそのころ爆弾闘争を指揮していたという事だそうです。

IRA暫定派

 ヘネシーは爆破テロ後に組織の主だった幹部を集め爆弾犯は誰だと詰問しますが、それぞれ幹部は戸惑うばかり。ただIRAは裏切り者や命令に背くものは粛清される運命にあり、それを活写した作品もあります。(冒頭に触れた『死にゆく者への祈り』もそうです。)IRA暫定派はアイルランドの統一を願う反面、歴史的にも宗教観からの対立から経済の対立へとシフトし世の中が変わってきている。だからクワンが娘と巻き込まれた爆弾テロも銀行に打撃を与えるものでした。


 しかしヘネシーはそれは単純に敵を増やすだけの愚かな行為として集まった幹部に叩きつけます。しかし北アイルランドの副首相という一定の地位に就いたヘネシーに対して幹部たちは冷ややかでした。この辺り時代をすごく感じさせましたし上手いなと思いましたね。クワンに追い詰められ、英国政府からも追い詰められ四面楚歌になっていくヘネシーを演じたのは5代目007ジェームズ・ボンドを演じたピアース・ブロスナン。名前からも分かるようにアイルランド系です。アイルランドで生まれ、イギリスに渡り役者を志し、今はアメリカに在住とか。最近では『マンマ・ミーア!』にも出演していました。今回は老獪な元闘士ながらも周りからは日和見な男と思われ、妻と過去のテロ闘争で戦死した弟の事で上手くいっておらず、ジャーナリストの女性と情事を楽しむことで気を紛らわせている弱い人物を巧みに演じていました。いざとなれば元闘士の顔を見せるものの、意外な展開になっていって戸惑ったり、誰も信用できなくなったりとかある意味この映画は「ヘネシーの悲劇」という見方も出来ます。

香港映画meet冒険小説

 実はこの『ザ・フォーリナー/復讐者』英国の冒険小説のマナーに則っています。主人公は脛に傷を持ち、スキル(殺し屋だったり爆弾づくりだったり)を持ちトラブルを避けずに火中に栗を拾いに行くがごとく突き進む。正義のためでなくましてや欲望のためでない。ただただ無念を晴らし正しく無い世界で自分の義を通す。


 これってある意味武狭映画にも通じる心境とは思いませんか?ジャッキーも製作側で関わっているので最後に彼の歌が入るんですよ(ちなみにお約束NG集はさすがにありませんでした。)でも訳詞がでてきたんですがまんま武狭映画の歌詞でも合うな、これはといった歌詞でした。確かに映画のトーンとは合わないんで、ええっ?ってなった人もいるかもしれないけれど、あれはちゃんと訳詞をいれた配給側のいい仕事だったと思います。まさか英国風冒険小説的映画と香港映画スピリッツがここまで相性がいいとは…。今後もこういう作品が生まれてくれればいいなと思いました。


おまけ。

 ちなみに最初に上げた『死にゆく者への祈り』。原作は『鷲は舞い降りた』のジャック・ヒギンズの冒険小説です。主演はミッキ―・ロークがIRAの闘士ファロンを演じました。ファロンはある爆弾テロの失敗により組織を離脱。しかし組織からの離脱は死を意味します。彼は国外脱出のためのパスポートと引き換えに暗黒街の顔役で葬儀屋のミーアンから敵対しているボスの暗殺を受けます。


 教会の墓地で首尾よく仕事を遂げますが教会のダコスタ神父に目撃されてしまいミーアンから目撃者も消せと要求されます。しかし善良な神父を殺せないファロンは告解を利用して神父の口を封じます。しかし信用しないミーアンは神父を殺すために手下を差し向けようとします。一方で昔の仲間が彼を追ってきています。そして古びた教会でファロンはミーアン一味と全てに決着を付けるべく対決するのです…。


 ある意味逆フォーリナー。爆弾テロの失敗は軍の装甲車を狙うはずがスクールバスを吹き飛ばしてしまったこと。そして全てを捨てて逃げる事にしたのですが結局はそのための悪事で善良な人が巻き込まれ、それをほっとけないファロンは全てをかけて戦う事になるという…。リーアム・ニーソンが追いかけてくるIRAの闘士としてちょい役で出演しています。ダコスタ神父はボブ・ホスキンス。スーパーマリオを演じた人ですが『モナリザ』では数々の賞を受賞した名優です。地味ですが雰囲気のあるいい作品でした。もしよろしければご覧いただきたい1本です。

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