「彼女のこそが最高の切り札」としか言いようのないスパイアクション映画が誕生しました。それが『アトミック・ブロンド』です。『ベルリンの壁崩壊が迫る1989年11月に起こったスパイリストの流出。それを手に入れさらに二重スパイを処理せよ!』短い粗筋だけでも血沸き肉躍る設定でしょう。
※追記、タイトルを兵器から切り札に改題しました。
その血沸き肉躍る設定、そしてベルリンの壁が崩壊する前にリストを手に入れなければならないサスペンス。スパイ映画に新たなヒロインが誕生といってもいいかもしれません。彼女の名前はロレーン・ブロートン。英国情報部MI6のスパイでロシア語に長け、潜入と脱出、接近戦のプロフェッショナル。殺された同僚から奪われたマイクロフィルムを奪還する命令を受け、1989年秋、騒がしくなってきたベルリンに潜入。誰が味方か、誰が敵か?分からない状況が話を盛り上げます。
最強の女スパイ現る(あらすじ)
1989年11月、東西ベルリンは騒然としていた。そんな西ベルリンで一人の男が殺された。MI6のスパイ、ガスコインは東ドイツの秘密警察シュタージの内通者、暗号名スパイグラスから各国スパイの情報を集めた機密リストを受け取っていた。見返りはスパイグラスの亡命。しかしガスコインはKGBの殺し屋バクティンに射殺されリストを奪われる。それから10日後、MI6本部で取調室に呼び出された工作員ロレーンは上司のグレイとCIAのカーツフェルドに事の顛末を報告するように求められる。リストを奪われたMI6の統制官、Cはバクティンからリストを取り返し、二重スパイである暗号名サッチェルを見つけ出し処理するようロレーンに命令する。グレイは西ベルリンに駐在するMI6のスパイ、パーシヴァルと協力して作戦を進めるようにいうがパーシヴァルは大使館付きの身分で動くのではなく、潜伏し一人で行動する一匹狼タイプだった。
早速ベルリンに降り立ったロレーンを出迎えたのはKGBだった。連れ去られる前に護衛と運転手をぶちのめしたロレーンは既に情報が洩れている事に気が付く。遅れてきたパーシヴァルにホテルまで送り届けさせた後、翌日ガスコインの部屋へ忍び込み手掛かりがないかと探っていると西ベルリンの警察が踏み込んでくる。警官と乱闘の末その場を逃れたロレーンはサッチェルの正体はパーシヴァルか?それともベルリンに降り立ってから監視している謎の女か?と疑いを持つが証拠はまだ無かった。
KGBが情報をどこまで握っているのか知るためにあえて襲ってきたKGBの残したクラブのカードからそのクラブへ。KGBのブラモビッチが接触してくる。一触即発の空気が流れてきた時にフランス人の女性が絡んできて危機を脱するロレーン。彼女はデルフィーヌと名乗った。実はフランス対外治安総局DGSEのスパイでロレーンを監視していたのは彼女だった。新米の彼女は刺激的な任地としてベルリンにやってきたが百戦錬磨のスパイの中で神経をすり減らしていたのだった。ロレーンはそんな彼女と一夜を共にする。バクティンはリストを必要とするところに売ると闇の世界に情報を流し各国が焦る中、パーシヴァルがバクティンの前に姿を現し、あっさりと殺してリストを奪う。リストの中身を改めたパーシヴァルは中身を暗記しているスパイグラスの亡命をロレーンに提案する。
仲間のメルケルにパスポートを用意させいざ脱出になる段にKGBが周りを包囲、しかしパーシヴァルに内緒で用意した手段でなんとか脱出できるという瞬間にパーシヴァルがスパイグラスを撃つ。銃声の混乱の中、KGBに追い詰められるロレーンとスパイグラス。パーシヴァルがサッチェルだったのか?ロレーンは脱出できるのか?誰が敵で、誰が味方なのか?ベルリンの壁崩壊が迫った中、緊迫のスパイ・ゲームが始まった。
シャーリーズ・セロン
シャーリーズセロンの, 女優, プロデューサー、ファッションモデル - Pixabayの無料画像 - 669608 |
なんとこの作品、シャーリーズにとっても入魂の作品だそうで。そう言えば彼女SFアクションの『イーオン・フラックス』(リンクはAmazonprimeVideo)にも出ていましたからね。なんとなく納得です(笑)そのため彼女の名前が製作にもクレジットされています。しかも役作りのために過酷なトレーニングを課し、それがあまりにも厳しい内容のため、歯を食いしばりすぎて2本折ってしまったそうです。(パンフレットのプロダクションノートより)
ともかくハードなアクションをほぼ自分でこなしほとんどスタント無し(幾つかは保険の関係でスタントが代演していますが)で演じています。無敵の強さという訳ではなく、青あざ、切り傷、擦り傷だらけで挑んだ7分間のアクションシークエンスはアクション映画史上でも屈指のシーンになっていると思います。
男性アクションスターなら青あざつくって鼻血を流し唇から血がだらだらなんて割と多くありましたが女性がそういったアクションをするのは香港映画くらいだと思っていましたが、シャーリーズはそれに果敢に挑み、ジェイソン・ボーンやジョン・ウィックばりのアクションをものにしたのです。また複雑な役柄であるロレーンをさすがのオスカー女優の貫録で演じているのも見逃せません。しかし彼女、『ワイルドスピード』最新作『ICE BREAK』ではサイバーテロリスト、『マッドマックス:怒りのデスロード』ではフュリオサなどアクションも得意なんですよね。しかものめり込むタイプのようで、歯を折るなどはその典型的なエピソードだと思います。
監督のデヴィッド・リーチがスタントマン出身なためアクション演出も本気です。ジョン・ウィックやLOGANの第2班監督をつとめ自身のアクションチームを率いているとかで、トレーニング中にはウィックのためにトレーニング中のキアヌ・リーヴスと一緒になって彼とスパーリングもしたとか。最強の女スパイと最強の殺し屋、時代が合いませんけど最強対決ちょっと観たくなる取り合わせですよね。じっさいリーヴスとはシャーリーズ姐さん仲が良いそうです。
ソース|(パンフレットのリーチ監督インタビューより)
ベルリン
物語の舞台となった東西ベルリンも、ここを取り上げたスパイ小説は数多く描かれ、また映画にもなっています。そして二重スパイのネタも東西冷戦下で数多く描かれています。有名なところでは映画『裏切りのサーカス』の原作者、ジョン・ル・カレの『寒い国から来たスパイ』でしょうか。この小説も映画化されていますし、『裏切りのサーカス』もMI6の話で二重スパイが入り込んでいたというものでした。この事は実際にイギリス情報部や西側諸国に東側のスパイが入り込んでいた話を基にしており冷戦下では見えない戦争が激しく行われていたのです。
トム・ハンクス主演の『ブリッジ・オブ・スパイ』ではハンクス演じる弁護士がソ連に撃墜されたU2偵察機のパイロットを救出するために捕らえられたスパイとの交換を交渉に行く先も東ベルリンでしたね。冷戦下ドイツは完全に分断されましたがベルリン市自体は東ドイツ領内にある西側の拠点となりました。これはベルリンを分割占領統治していた連合軍の線引きで、ソ連と西側の対立が決定的になった時にソ連が西ベルリンを封鎖したからです。対する西側諸国は空輸作戦を行うなど常に冷戦の最前線でもあった都市でもあります。そういった歴史があった上でのゴルバチョフのペレストロイカから端を発したベルリンの壁崩壊を背景にしたスパイの暗躍という側面が『アトミック・ブロンド』にもあるのです。
東西スパイが使う銃(80年代)
こう書くと、古めかしい古式銃っぽいですが、実は現在使われているピストルはグロックなどの強化ポリマーフレームを使用したピストルも実は80年代にデビューしています。そもそも拳銃自体が枯れた技術に属する金属加工品であり大きく姿が変わったという事はありません。それでも『アトミック・ブロンド』ではめったに映画ではお目にかからない拳銃がでてきていました。まずはKGBのバクティンが使っていた拳銃です。
スチェッキンAPS
ソ連に大型オートマチックピストルです。MI6本部での検死報告書で使われた銃弾が7.62㎜トカレフっぽいことを言っていましたが、あの特徴的なシルエットはスチェッキンに間違いありません。予告編でも発砲シーンがちらりと映っています。ちなみに口径は9㎜です。
[[File:Stechkin-APS.jpg|thumb|スチェッキン|alt=スチェッキン]]画像はWikipediaより |スチェッキン・マシンピストル - Wikipedia |
元々は戦車兵、砲兵、将校用に作られた拳銃でフルオート射撃が可能です。ホルスターになるショルダーストックを付ければ安定した射撃を行うことが可能で戦前に流通していたモーゼルを意識した作りになっているとの事。さすがにショルダーストックでの射撃シーンはありませんでしたが映画ではめったにお目にかかれないれない銃の一つです。ジョン・ウー監督、ニコラス・ケイジ×ジョン・トラボルタ主演の『フェイス/オフ』でも最後の銃撃戦シーンでニコラス・ケイジが使用していました。
マカロフPM
ソ連がトカレフの後継として開発した中型ピストルで口径は9㎜、KGBなどもご用達のピストルでこれにサイレンサーをつけて暗殺に使用したりしていました。
『アトミック・ブロンド』でもブラモビッチの部下たちのサイドアームやロレーンがメルケルに用意させた拳銃がこれでした。冷戦時代を象徴する拳銃といってもいいかもしれません。日本のトイガンメーカーKSCでもこのマカロフをモデルアップしています。形状はドイツのワルサーが開発したワルサーPPをベースにしているようで形状も仕様もよく似ています。PPは名銃ワルサーPPKとしてK(クルツ)小型化されスパイ映画では007ジェームズ・ボンドの愛用銃として使われています。そしてPPの系譜は同じドイツのSIGP230へと引き継がれていきました。こちらは日本の刑事ドラマでも『SP』などを初めとしてちょくちょくお目にかかることがありますね。対するマカロフも最近ヤクザがトカレフの代わりに多く密輸しているとかでそちらのほうでも有名です。ちなみにマカロフ自体もセーフティ(安全装置)を備え使いやすい銃としてソ連崩壊後のロシアになってからの現在も使用しているところがあるそうです。
マニューリンMR73
ソフィア・ブテラ演じるデルフィーヌが腰に差してたのがこのリボルバーです。フランスの情報部員としての官給品でしょうか。このマニューリンはフランスのメーカーで法執行機関向けに製造されている回転式拳銃(リボルバー)です。こちらもスクリーンで観ることはあまりなく、フランスの映画でないとそうそうお目にかかれないのでは?
[[File:Manurhin-MR-73.jpg|thumb|Manurhin-MR-73|alt=Manurhin-MR-73.jpg]] マニューリン MR 73 - Wikipedia |
ちなみに劇中ではショートバレル2インチを使用しています。
Cz75
世界最高の拳銃の呼び声も高いチェコスロバキアが製造している拳銃です。日本では園田健一先生の書いた漫画『ガンスミスキャッツ』(リンク先はAmazon商品ページ)の主人公ラリー・ビンセントの愛用銃として知られていますが、そもそも園田先生原作のOVA『ライディングビーン』に登場した主人公ビーンの相棒で美貌のガンウーマンであるラリー・ビンセント(キャッツの主人公のラリーはインド系英国人ですが、こちらは金髪の白人女性)が使用していました。また漫画『パイナップル・アーミー』(リンク先はAmazon商品ページ)でも主人公ジェド・豪士がボディーガードの依頼を受ける時に用意させた最高の戦闘用拳銃がこれでした。ロレーンはこれを持っているKGBの追手から奪い取って使用します。Czを製造しているチェコは当時東側の国だったため共産圏でも使用されていたことがあるので、これは意外だったけど考えてみると全然あり得る登場でした。めったにスクリーンでは観れない拳銃が多く登場しガンマニア的にも美味しい作品でしたね。
音楽
これまた当時のヒットチューンがガンガンかかるというのは最近の傾向なんでしょうか。『ベイビードライバー』やら『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』やら。こういうリミックスな文化はクエンティン・タランティーノのが確立したように思いますが、この映画でもそういった系譜に連なる音楽の使い方がなされています。非常にMTVチックなアバンからOPタイトルのロゴやスーパーの入り方が印象的で、あの時代を懐かしく感じる事も。
特にネーナの『ロックバルーンは99』がかかる辺りは、ベルリンが舞台ということでおっ!分かってるねってなりました。ただ予告編で流れているキラー・クィーンは流れないんですよね。あまり気にならなかったけど帰ってからシーン確認のために予告編を再見したら、アレ?これかからなかったよねと(苦笑)ただピーター・シリング、ニューオーダー、デベッシュ・モードなどなど懐かしいのがいっぱいかかりますのでそれらとのシンクロ具合も楽しめます。実はこの音楽かなり凝っているそうでそこはパンフレットの宇野維正さんの解説文が非常に白眉で全曲解説も載っています。音楽に惚れた人はパンフレットは買いです。
スパイ
スパイ映画なんだから当然主役もスパイなわけですがパンフレットのシャーリーズ・セロンとパーシヴァル役ジェームズ・マカヴォイのインタビューに面白い事が載っていました。MI6がスパイをリクルートするとき、家庭に問題を抱えていたりアルコール依存症だったり同姓愛者を選んでいたというのです。何故なら彼ら、彼女らは秘密を抱えており、それらを隠そうとしているからだそうで。なんとも酷薄な話ではありますが、マカヴォイのインタビューによるとアルコール依存症の人間ならいざという時に使い捨てに出来、40代から50代になると秘密を抱えたまま死ぬので都合がいいとも…。そういうスパイの世界の非人間性がこの映画でも十分に描かれています。
クルマ
(追記:20171103)そうそう書き忘れいましたが、出てくる自動車も当時の世相を反映していて面白いのです。西ベルリンではパーシヴァルはポルシェターボを駆り、テンペルホーフにやってきたKGBはアウディ。(予告編で確認できます)ですが東ベルリンではトラバント(パンフレットのプロダクションノートによるとなんと500台もあつめたとか)警察のパトカーも西ベルリンではVWパサートに対して東ベルリンではラーダ(ソ連)製のイタリアFIATの124ノックダウン生産されたニーヴァやパトカーも124セダンのラーダ2107でした。自動車好きなら背景に映るクルマで楽しめると思います。
By User BScar23625 on en.wikipedia - 投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link画像はラーダ (自動車) - Wikipediaより2107。 |
最後に
シャーリーズ姐さん大暴れをフィーチャーした予告編を観てジョン・ウィック張りは一点突破アクションを期待すると意外とスパイ映画していたという評判も多いですが、肝心のアクションもかなり高度なことをしており、シャーリーズ姐さんが次第にボロボロになっていく様は凄惨ながらも美しさに溢れていました。またスパイ映画ならではの、誰が敵で誰が味方なのか?最後の切り札は誰が?という部分も楽しめるという、非常にお得な映画だったと思います。シャーリーズ姐さん、『ワイルドスピード』ではちょっと不完全燃焼なところも感じましたのでそういった方たちにはぜひこの作品をおススメしたいところです。
|Amazon.co.jp: アトミック・ブロンド(字幕版)を観る | Prime Video
0 件のコメント:
コメントを投稿
お読みいただきありがとうございました。ご意見、ご感想などございましたら、コメントをよろしくお願いいたします。【なおコメント出来る方をGoogleアカウントをお持ちの方に現在限定させて頂いております。】