地上波襲来、シン・ゴジラ

シン・ゴジラ地上波初放送!


ゴジラ:リミックス

youtube|東宝MOVIEチャンネル|シン・ゴジラ予告編2

地上波で初放送された『シン・ゴジラ』、再見してみて思ったんですがリミックス感ありました。

これまでの怪獣映画と言えばはだいたいこんなフォーマットで作られています。
予兆、(何かが出現しようとしている)
一度目の出現、(怪獣が現れ登場人物たちがそれを認識する。)
そして2度目の出現、(一度怪獣は画面から姿を消し登場人物たちによる怪獣の謎解き、そして怪獣の再出現により街が大きく破壊されていく。)
人類の反撃、(何らかの手段で怪獣を撃退する。)
大団円
大きくこういう流れにそって主人公たちが時には翻弄され、時には困難に立ち向かい、またあるいは恋もすれば愛しい人を亡くしたりとかドラマが発生する訳ですが、実は今回の『シン・ゴジラ』はそういった怪獣が出てきて暴れる以外の要素を極力排したソリッドな映画になっています。

この辺りは散々考察サイトや情報系サイトでも書かれている話なんですが、さらによく言及されているのは、初代『ゴジラ』から尾形と恵美子、芹沢のエピソードをばっさりカットして、再構成している。さらに『帰ってきたウルトラマン』第5話、6話のグドンとツインテールのエピソードまでリミックスといった点が『ゴジラ:リミックス』というべきものになっているように思います。

これまでシネコンで2回、IMAXで1回と同じ映画は2回以上観る事は稀なtonbori堂ですが、『シン・ゴジラ』久しぶりの特撮怪獣映画として、そして樋口監督だけではなく庵野監督までもががっつり関わり製作された直球怪獣映画だとワクワクして行ったし、実際うわー!スゲー!ってなったのも事実なんですが、実のところ庵野監督のこのリミックス能力こそが監督の作品の重要なファクターたらしめているのかなと今回TVで再見してみて思ったのです。

思えば庵野監督のブレイクのきっかけとなった『新世紀エヴァンゲリオン』で最初の使徒出現シーンも東宝特撮やウルトラマンに影響を受けたと思われるシーンがたくさんありました。山の影からのっそりと現れる使徒。まるでゴジラやモゲラのようにゆっくりとした歩みで不気味さを醸し出すその姿。そしてゆっくりと飛ぶ重攻撃機、火を噴くロケットランチャー。既にここで後の『シン・ゴジラ』につながる演出がなされているわけです。

主人公、矢口蘭堂も言ってみれば悩まない、うじうじしない碇シンジですし、周りにいるのはミサトやリツコ、アスカのようにきびきび動き主人公を助けてくれる人ばかり。映画は短いのでとにかく快感原則を最大限維持できるように配置されたキャラという事でしょうか。

腹芸や無能、やたらと攻撃的なキャラが中盤に(それ以外な感じの良い人(主人公にとって)も含めてですが)大量にいなくなるというのも物語の第1話と最終回をつなげていると思えば納得できます。

庵野監督の憑き物祓い

だからダメとはいいません、基本快感原則に則った映画好きですから(笑)とは言え、ストーリー的にダメ(役人がわちゃわちゃしてるしかないではないかとか、米の熱核攻撃に対しフランスに頭を下げただけで止まるのか?とか)な人もそれはそれで正しいと思います。正直に言えば上げ処下げ処が無い。ゴジラによって壊滅的になったといっても痛みが感じられないといったところでしょうか。

それは多分ヱヴァQで自らの身を切るような作劇をしてしまったからではないかと推察します。構図、レイアウト、アクションは目を見張るものがありましたが結局シンジ君を追い詰める事でしか話を勧められなかった、そういうダウナーな気分が大きく作用して鬱となりしばらくは仕事が回せなかったそうです。(ここらへんは『シン・ゴジラ』を作るにあたっての所信表明のようなステーツメントが出ていましたね)

その後ストーリー、総監督ということで現場は樋口監督がという事になっていたのが、どんどん演出から果ては全てをコントロールする形で庵野総監督が全てを仕切った事は『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』に詳しく書いてあります。

画像はamazonより|ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ表紙|カラー、東宝 (監修),‎ 庵野秀明 (編集)

シン・ゴジラは恐れ崇め奉りたもうものを、それに抗い対抗するが結局はそれを治めることしか出来ないという諦観を、それでも振り絞って快感原則で抗い続けた庵野監督の叫び。そんな感じがします。ですがその憑き物祓いかのような作業を経て、シン・エヴァンゲリオンが前に進んだというのもまた事実。別に監督がそういう考えで『シン・ゴジラ』を撮ったわけではなく、自分の持っているモノを何時でも注ぎ込んでつくるしかない監督の作風が結果昇華したという事実。『私は好きにした、君らも好きにしろ』というのはやっぱり監督の心の声なんだろうなと強く感じた次第です。

この先シン・エヴァはどうなるかはまだやぶの中ですが、憑き物を落とした庵野監督の次作が気になるところです。

次の邦画、特撮怪獣映画の明日

シン・ゴジラ以後

次の作品は『シン・ゴジラ』の次の作品になる訳です。つまり『シン・ゴジラ』というハードルが設定され、それを越える事を要求されることになりました。当然、そんなものはうっちゃって自分の、俺の、私の、脚本家の、監督の『ゴジラ』を作ってくれればいんですけれども、『シン・ゴジラ』でさえも既に過去作品からの引用がある以上、『ゴジラ』というオリジネーター(それも米の『原子力怪獣現る』という先行者がいたのですが)を越えられなかったとも言えます。

とは言えある層には訴求できる方法は分かったわけで、そこを押すのか?それとも違う部分で押すのか?といった話になると思います。今回、こういう風にしましょうという流れを庵野監督は全て振り切って我儘に作ったという事ですが、それもまた一つの方法です。毎回それが通るかどうかは別の話ではありますが。

ただ観客は次の作品っていうのは確実に『シン・ゴジラ』のストーリー、ビジュアル、演出レベルでないと納得できないでしょうね。それを監督、脚本家のイメージ通りやりきれるのかどうか?そこにかかっていると思います。

とは言えそこまでソリッドなものになるのか、それとも各方面に配慮したものになってしまうのか…難しいところではありますが。それが証拠に『シン・ゴジラ』は80億円もの興行収入をたたき出し、大ヒットしたわけです。当然、映画会社としては続編という声も出てくるはず。『鉄は熱いうちに打て』という感じで。しかしその後音沙汰なしでアニメ規格の『GODZILLA怪獣惑星』というフルCGアニメ映画が作られる事に。もっともこの作品は特撮企画が動き出してから製作決定したものですから『シン・ゴジラ』のヒットを受けての話ではないのです。
ソース|GODZILLA (アニメ映画) - Wikipedia

つまり『シン・ゴジラ』はヒットしたが、その方法論では難しいというのが一つ。(これは『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』がその方法論を伝え映画製作の一助にしてもらいたいという願いが込められてという前書きかなんかがありましたが、プレヴィズなどの方法論はとても有効なれど、それ以外の要素、ストーリーテリング、展開、意向などなどの部分で難しい)、ゴジラをリブートしたものの、じゃあ次はどうするという。『シン・ゴジラ』の続編なのか?それとも再度リブートか。『ゴジラ2000(ミレニアム)』以降のシリーズは対メカゴジラ以外は連続性のない感じで作られましたがそうするのか?

全く新規の怪獣映画を作るのか?幸い東宝にはラドン、バラゴン、ドゴラ、フランケンシュタインの怪物ザンダとガイラなどなどがいます。それらを持ってくるのか?などなどまず企画部分で難航するのは目に見えている訳です。

水面下では2か、新しいゴジラか何かが進んでいるかもしれませんが、それが姿を現すにはまだちょっと時間が必要かもしれませんね。しかしどちらにしても『シン・ゴジラ』以後ということで厳しい目に晒されるのは必至。どういう事になるかはまだまだ分かりませんがその一手を打つ人が誰なのかも含めて今後に期待したいものです。

20180803追記:Amazonプライムに独占で『シン・ゴジラ』の配信きましたね。加入していればいつでもどこでも見放題です。





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