レプリカントは電気羊の夢を見るか?『ブレードランナー2049』【ネタバレ】

記憶の海に沈む。

まさか21世紀に入って『ブレードランナー』の続編を観ることが出来るとは思ってもみませんでした。しかもハリソン・フォードがデッカード役で再出演するとも。
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HANS ZIMMER & BENJAMIN WALLFISCH (アーティスト) 

少なくとも10年前なら信用しなかったでしょうしリドリーが作るといっても、上手くいかないのではないかと思ったことだと思います。

ともかく観ていない人で興味のある方はすぐにシネコンに行かれることをおすすめします。というか興味のない人は観ない種類の映画ではありますが、数々の影響を与えた伝説的映画の続編をちょっと観て見ようという人でも、前作に違わない世界が構築されている事が画面から感じ取れると思います。

ですのでもし観るつもりがちょっとでもあるなら前作の記憶だけをもって今すぐ観て欲しいと思います。その価値のある作品ではないかと思っています。



ストーリー

前作の話から30年後の2049年のカリフォルニア。食料用のタンパク質として養殖されている線形動物の農場に1機のLAPD所属のスピナーが近づいていた。乗っているのはLAPD所属のブレードランナー「K」。この農場に潜伏しているネクサス8型レプリカント、サッパー・モートンの解任(処分)にやってきたのだ。

作業を終え住居に戻ってきたモートンはKを見ても驚きもせず対峙する。そして意味深な言葉をKに投げかけ彼と激闘の末射殺された。解任したことを上司のジョシ警部補に報告し帰還しようとしたKだったが、住居にある枯れた樹木が気になりドローンにスキャンさせるとそこには箱が埋まっていた。

箱の回収は別動班に任せKはロスアンゼルスに帰還しLAPDに出頭。ジョシに報告をすますと自分のアパートメントに戻る。一人住まいの部屋に待っているのはウォリス社製のホログラムAIジョイだった。部屋に据え付けのホログラムでしか動けない彼女にKはプレゼントを渡す。それはエマネーターと呼ばれるポータブルホログラフィックシステムで部屋の中だけでなく外にもジョイを連れ出せるデバイスだった。

降りしきる雨の中で2人だけの時間を過ごすKとジョイ。そこにジョシからの連絡が入る。箱の中身は骨だった。署に戻り検死に立ち会うジョシとK、検視官のココによると骨は女性で、帝王切開の後があることが判明。そしてズームされた骨には番号があった。骨はレプリカントのもので、出産の形跡があることが分かったのだ。この事実が公になる前にジョシは関係するすべての物を処分し産まれた子供の解任をKに命じる。

動揺しながらもKは骨とともに残された髪の毛からレプリカントを特定するためにウォレス社に出向く。ウォレス社にはタイレル社から引き継いだデータベースが残されており、2022年に植民星の兵士だった旧型レプリカントが引き起こしたとされる大停電(ブラックアウト)により消失したデータの復旧も行っていた。

応対に出たウォレスの秘書であり、ネクサス9型レプリカントのラヴに修復したデータのデータ保管室に案内され、かろうじて大停電から残ったデータスフィアを再生、そのレプリカントの名前はレイチェルということが判明した。

レイチェルに質問している男性は元LAPDのブレードランナーで30年前に姿を消したリック・デッカードという事も分かり彼らの行方を追って彼の相棒だった人物に話を聞きに行くものの「望みを手に入れて姿を消した」と老人はKに語り、その後の行方は知れないと言った。

一方ウォレス社社長である天才科学者ニアンダー・ウォレスは、人類の繁栄にはレプリカントが不可欠。しかし生産は追いつかず、このままでは人類の手足になるべく産まれたレプリカントの発展はないと考え、さらなるネクサス9型の進化のために妊娠していたレプリカントの骨と産まれた子供を手に入れるためラヴに子供の追跡と証拠の入手を命じる。まずラヴはLAPDの死体安置室に侵入し見咎められたココを殺害して骨を奪取した。

そのころ手がかりを無くし手詰まりになったKは再度モートンの住居に戻り手がかりが無いかを探る。そこで枯れた樹木の根に「6 10 21」の番号を発見する。その数字を見たとたんに動揺するK。モートンの住居を燃やし署に戻るとLAPDのDNAデータにアクセスし膨大なデータの中から2人の子供のデータを発見し、その子供がいたとされる孤児院に向う。そして自身の移植された記憶の中にあった焼却炉からデッカードにつながる木馬を発見する。しかしその行動はすべてラヴに監視されていた。Kに子供を捜索させて奪取することを目論んだのだ。

Kは自分の記憶がほんものなのか偽物なのか?移植されたものなのかが分からなくなり、レプリカントへの移植記憶をクリエイトしているアナ・ステライン博士に会う。ステライン博士は免疫不全のためシールドされた部屋で記憶を作り出していた。彼女に自分の記憶をみてもうらうK。その記憶は違法である人間の記憶であると言われるK。ますます自分のアイデンティティがあやふやになるK、LAPDに拘束されるもジョシには全ての証拠と子供は処分したと報告し、さらに木馬の出どころを追って廃墟となったラスベガスへ向かう。

そしてデッカードと廃墟になったラスベガスで対峙しやがて全ての真実を知る事になる…。



ブレードランナー「K」

The Art and Soul of Blade Runner 2049
画像はamazonより|The Art and Soul of Blade Runner 2049|
Tanya Lapointe (著),‎ Denis Villeneuve (著)
主人公のK、彼はデッカードと違い最初からレプリカントと明言されています。そういえばデッカードはレプリカントなのか、人間なのか問題もありましたが、今回の作品を観てそんな些末なことはどうでもよくなりましたが、今回も明言されていないのでもやもやした人もいるかもしれませんね。

Kはモートンと対峙した時にいかにも馬力のありそうな彼に劣らない戦闘能力を発揮し、また署内ではスキン・ジョブとあからさまに侮蔑な言葉をなげかけられています。スキン・ジョブはレプリカントを蔑称で前作でも人と区別する意味合いで使われていました。

小さな小部屋で任務から帰った後にメンタルチェックを受け問題なしと判断されるなど普通の人間とは区別された存在。それがKです。彼は寄る辺なき者として造られた存在ですが、ハートが無いと自分で思い込もうとしていながらもジョイに慰められる存在としている様はピノキオを思い出します。

まさにダークな寓話としての『ピノキオ』しかも彼にはゼペットじいさんはいません。いやいるにはいますが。どちらかと言えばゼペットの役回りはジョシでしょうね。エンジニア(創造主)であるウォレスは生まれてきたネクサス9を天使と呼びながらも人類が繁栄するための礎と思っており、レプリカントが生殖できるようにしたいのも設備がなくともつがいがいれば繁殖できる労働力、つまり奴隷と思っているからです。

レプリカントを天使とよぶウォレスは狂った神かもしれませんが人類の未来を憂いている部分もある。まさにディストピアにふさわしい人造の神かもしれません。

ジョシ警部補も彼らを差別していますがそれは人間ではないという一点のみ。Kに対しては優秀な部下として接しています。ここがややこしいところですが彼女は職務に忠実な一般人であり良くも悪くも常識人の範疇であるということです。

Kには子供の記憶がありますが、それは移植されたもので(と本人は思っており気が付いた時には成人していた)と思っていましたが、ある数字を見た時にそれが自身の記憶とリンクしていき、後戻りのできない地獄めぐりがはじまってしまいます。この辺りは『ボーダーライン』でケイトが最初は自身が関わった手入れに関するだけの事件が、CIAの工作官や謎の男と行動を共にするうちにどんどん闇の奥へ誘われる様に近い感じがあります。

もっともここでキーになるのは「記憶」です。前作でもフォークト・カンププ検査で過去にかんする質問で瞳孔の動きを検査するというのがレプリカントの特長でしたが、記憶の移植というのは、その記憶は誰のもの?というフィリップ・K・ディックのテーマにもつながるし、リドリーの謎かけにもつながっていく面白い運び方だと思いました。

模造された女神ジョイ

ある意味完璧な恋人であり、Kとは肌を合わせることが出来ない彼女は、街のセクサロイドであるマリエッティをKの部屋に招き入れるます。そして彼女と同期することで仮初の肉体を持ちKとつながることができましたが…、これはKがそう望んでいたからだということがおぼろげに分かってきます。

というのもジョイは元々ウォレス社のライフサポートAIで、インターフェイスとしてホログラフィックの容姿を与えられているだけの存在でした。しかし孤独なKのサポートをするうちに彼に対してカスタマイズされていった果てのプログラミング(Kが住まいを引き払いデッカードに会いに行く時に、記憶が消されてしまうリスクをとってエマネーターにデータ移植することも含めて)ではなかったのかと。

デッカードを奪われボロボロになりロスに戻ってきたときに街の巨大ホログラフィックがKに向かって言う言葉がそれを示唆しているのです。それでもジョイはKにとっては癒してくれる彼女であり、妻であり母であった…。それだけに切なくなるシーンなわけです。

この映画、一言で言えば切ない映画だと言えるのですが、特にKの孤独さがにじみ出ているこのシーンは本当に切ないと思いました。

「信じたものに裏切られ、心の支えはそれのみ」と書かれていたのは神林長平先生の『戦闘妖精・雪風』だったように思いますがKがレプリカントであるだけにさらに切ないのです。そういえば『戦闘妖精・雪風』は1984年の発行。人はどこから来てどこへ行くのか?AIと知性体についての話でもあり機械にしかすがれない男の話だったことを思えばなんらかの影響があったのかな?と少し思いました。

完璧な天使、ラヴ

ラヴはウォレスの僕であり、彼の命ずるままに行動します。この時代のレプリカントはタイレル社の製品よりより安全になったとされました。

タイレル社最後のレプリカント、ネクサス8型はライフサイクルは自由にコントロールできるようになり植民星で開拓者や兵隊として安価な資源として使われるようになりましたが眼球に製造コードが打ち込まれ識別はより簡単になったとはいえ人間を超える力を持つレプリカントはやはり恐怖を呼び起こす存在でありました。

やがて2022に『大停電』(ブラックアウト)と呼ばれる事件が起こります。この事件の原因がレプリカントという事が広まり権力者によってその製造は無期限に停止。レプリカント6型はやがて寿命により引退。そして残った8型は解任(処分)されることになり、行方をくらましたりすることになったのです。(ロード・トゥ・2049『ブラックアウト2022』より)

しかし大停電によって引き起こされたダメージと環境破壊により深刻な食糧不足が発生、それを若き天才科学者であるニアンダー・ウォレスが遺伝子組み換え食物を開発、その技術をオープンソースとして開放し、食料危機は回避されました。そして力をつけたウォレス社は植民星オフ・ワールドへもその力を伸ばしていくことに。そしてタイレル社の負債を買取り技術を手に入れさらに進んだ技術でレプリカントを製造することに着手します。そして2036年レプリカント製造禁止が廃止、ウォレス社はより人に従順で制御しやすいネクサス9型を発表することになりました。
映画『ブレードランナー2049』|Road to 2049 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

ウォレスは自分の産み出したものが人類の未来を切り拓くと信じており、そのためには悪魔と出も取引しそうな人物です。偏執的といってもいいでしょう。ネクサス9型は特別なレプリカントですがラヴは中でも特別で、商談もこなせるし自由意志のようなものを見せる事もあります。ですがそれらは全てウォレスが与えたもので彼女が特別なのは「神」ともいえる創造主ウォレスの下僕だからです。なので涙を流そうが激昂しようがそれが自我の芽生えかどうかは分かりません。反射的に組み込まれたものかもしれないのです。

ラヴはKの事は普通に奴隷のようなものと考えているあたり歪んた形ではありますがそういう発露が見えなくもないと思います。ある種の盲従でもあるのですが彼女もまたレプリカントの軛を逃れられなかった造物主の御使い、真の天使なのかもしれません。

神の御使い、ウォレス

その造物主であるウォレスに関してはある意味タイレルの後を継ぐ者としての役割が割り振られていますが、そこにはある種の狂言回しのような人物でもあります。物語の分かりやすくするための存在。それにしては存在感たっぷりでまるで死神のような雰囲気を纏っているとも言えますが、瀕死の地球にとっては彼は福音をもたらした神の御使いのような存在なのです。

彼が盲目であり、無線小型ドローンの多くの眼を使っているのも示唆的ですが、そこにいながらにしてすべてを見通す神になろうとした男のように見えます。だからこそ真の神になろうとした男というべきなのかもしれません。

ブレードランナー・デッカード

前作の主人公です。彼は重要な役回りをもって物語の後半に姿を現します。予告編でのフッテージで散々姿を見せつけられていましたが、まさかそういう事になっていたとは。もっともそこは想像がついていたのですが、この流れだとある種の想定はしてしまうのが人情。ですがちゃんとそうではないもっと酷薄なオチも用意されててKにわざわざダブルで踏ませる丁寧さは『ボーダーライン』でケイトに地獄めぐりをさせたドゥニらしいと。

あとデッカードがベガスに隠棲していたときに犬を飼っていたんですが、これはどうしたって押井さんを連想しますよね。犬っていうのがある種のメタファーではあるんですが、押井ニストには犬はどうしても別の意味をもってくるのです(笑)

そこを観ても彼がレプリカントか人間がどうかは分かりません。今回も半ば意図的にデッカードは何者なのか決着は付けていません。大事なことはそこじゃないというように。

実際のところそこは議論の余地を残しておいたということに感じますがリドリーはデッカードはレプリカントといい、演じたハリソンは彼は人間だという。そういう部分は35年たっても変わらず続編を引き継いだドゥニもそこは敢えてはっきりさせませんでした。ですがそれぞれが「デッカードは」っていうものがあってそれが彼のキャラクターを見た目以上に複雑にしているのではないかと今回改めて感じました。

そこにレイチェルと過ごした短い時間、そして彼女の妊娠、人類とレプリカントの争いの種になる事も承知の上ですべてを引き受けたそれらが全て放り込まれたまさにキーマンとなったキャラクターとして再見できたことは思い深いものがありました。

実はその子供がさらに重要なキーとなるのですが…。ある意味Kにとってもデッカードにとってもデウスエクスマキナだったのかもしれません。

ガジェット.etc

スピナー

Blade Runner 2049 Flying Car
画像はamazonより|スピナーとKのポスター|
Blade Runner 2049 Flying Car (91,5cm x 61cm)
今回のスピナーは3輪車。そして屋根に全周警戒用のドローン(攻撃兵器としても使用できる)がついているなど高性能化しているのに驚きましたが、そのウェザリング(汚し)も年季がはいっていてこれぞブレードランナーって感じでしたね。前作のポリススピナーも好きなんですが今回のスピナーもガジェットとしてなかなかのものでした。

ブラスター

ブレードランナー2049 留之助ブラスター
画像はamazonより|ブレードランナーブラスターモデルガン|
ブレードランナー2049 留之助ブラスター
これについては留之助ブラスターが原型ときいていたら、何故か向うのモデルマスターさんが劇中で使われたブラスターから起こしたよとかになってていろいろあったんですがKの使うブラスターがこれまたツールっぽくなってて…一言で言えばあんまりかっこよくないんですよね。でもWebなどでコンセプトアートや使われたガジェット見てて、これも長く観ると…かっこよくなるかも…?

ですがデッカードがあのブラスターをもって出てきた時はさすがにうぉーってなりましたね。予告編で繰り返されていたのに。まあそれだけあのガジェットが心に刻まれているということでしょうか。

キャスト

主人公「K」はライアン・ゴズリング。『ドライブ』にドライバー役も記憶に新しい彼が主演のブレードランナー、Kを演じています。何かをうちに秘めた感じから『ナイスガイズ』のようなダメオヤジまで変幻自在な役どころをこなしており近年ではアカデミー賞の作品賞は逃しましたが監督賞を受賞した『ラ・ラ・ランド』の主演が記憶に新しいところです。

彼が死んだ目つきでLAで仕事をこなしていく前半と後半、野良犬の目になっていくところが何とも言えず切なく、彼以外がKを演じていたらどうなっただろうと思います。

ジョイには新星、アナ・デ・アルマス、キューバ出身の女優です。出演映画こそ少ないもののこの重要な役に抜擢され、それによく応えていた思います。今後も注目したい女優さんですね。

他に倒産したタイレル社を引き継いだウォレス社の社長ニアンダー・ウォレスにジャレッド・レト。『スーサイド・スクワッド』でジョーカーを演じたレトが、瀕死の地球に現れた人類の救世主を不気味に、しかし存在感たっぷりに演じています。

ラヴにはシルヴィア・フークス。オランダ出身だそうです。ジョイとラヴに知られていない女優さんをもってきたのは冒険だと思いますが2人ともそれによく応えて存在感をしっかりとフィルムにのこしていきました。

他にジョシ警部補にはロビン・ライト、サッパー・モートンにはデイヴ・バウティスタ。そういえばご両人ともにアメコミ映画にご出演してましたね。(ライトは『ワンダーウーマン』、バウティスタは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のドラックス)

そしてデッカードは当然ハリソン・フォードとしてもまさかガフが顔を見せるとは。エドワード・ジェームズ・オルモス。ご高齢になったと思いますが最近では『ギャラクティカ』のアダマ提督が記憶に新しいところですね。

最後に

繰り返しになりますが35年越しに続編を観れるとは、まさかと思っていたし鑑賞した後でもあれは幻ではないだろうかとちょっと思ったりもしましたが、しっかりと続編でしたし、まごうことなきドゥニのフィルムでした。

彼の初期のフィルモグラフィはチェックしていないのですが『ボーダーライン』でやられてしまい、『メッセージ』を観て凄い監督だな思っていました。『ブレードランナー2049』の監督には『ボーダーライン』終了後『メッセージ』のニュースが入りだした頃に聞いていましたが(その頃は既に撮影にはいっていたかと思います)ハードル上げるのはいくらなんでも危険かなと思いつつ『メッセージ』を鑑賞後、いやこれはもしかするとやってくれるかも?と思っていた時が懐かしくなります。

鑑賞後に本当に切ない、ドゥニの映画でありながら、しっかりリドリーのカラーも残して見せたこの映画は相当なものだと思います。『メッセージ』のような多層的レイヤーという訳ではないですが、『ブレードランナー』の続編をやり切った上で自分のテーマも内包させたというのは脚本がそうなっていたとしても出来るものだろうかと思うのです。

それをしっかりやってみせたドゥニの手腕と、よくぞ自分で監督せずに他人に任せたなとリドリー翁の決断に賛辞を送りたいと思います。

あと上にも少し書きましたが『戦闘妖精・雪風』を実写映画化するなら是非ドゥニ・ヴィルヌーヴにお願いしたいと思います。彼ならフェアリイの空を描くことが出来るんじゃないかな。そう思いました。実写化の際はぜひお願いしたいと思いますが、1ファンがそう思ってもまあ難しいかな。でもこれだけの語り口をもった監督はそうそういません。ドゥニの新作も今から気になりますね。

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