その男はこう呼ばれた、ダーティハリーと|『ダーティハリー』(1971公開|米)|tonbori堂映画語り-Web-tonbori堂アネックス

その男はこう呼ばれた、ダーティハリーと|『ダーティハリー』(1971公開|米)|tonbori堂映画語り

2014年3月26日水曜日

crime Gun movie

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『何故ダーティハリーと呼ばれるんですか?』 『街のどぶ攫いばかりしてるからさ』本編中/ハリーとチコの会話より/『ダーティハリー』

ダーティハリー/本邦公開時ポスター/1971年(日本公開1972年2月)
ダーティハリー/本邦公開時ポスター/1971年(日本公開1972年2月)

 主演はクリント・イーストウッド、監督はドン・シーゲル。1971年の作品。街のどぶさらいばかりをしているサンフランシスコ市警殺人課刑事、ハリー・キャラハン。人呼んでダーティハリーがサンフランシスコを恐怖に陥れた連続殺人鬼、スコルピオ(サソリ)と対決する。

S&W M29 44マグナム

 この映画を観た後で44マグナムのモデルガンが欲しくなったヤツってどんだけいるんだろう?ちなみにtonbori堂もそうで今でも6.5インチが1丁と余談だが『48時間』でジャックとそれを奪った逃亡犯のギャンズが使っていた4インチも持っている(笑)

リンク|S&W M29 - Wikipedia

リンク|Smith & Wesson Model 29 - Wikipedia, the free encyclopedia

Smith&Wesson Model.29
Smith&Wesson Model.29

 ハリーがこのリボルバーを持っている姿はさながら都会のガンマンだ。ハリーは刑事ではあるがどちらかというとシェリフ(保安官)といった風情。だがその立ち位置はアウトローにも近い属性を感じる。それはこれまで彼が演じてきたマカロニウェスタンのキャラクター、名無しのガンマン(ノーボディ)のような、人でありながらも超越者な匂いもふりまいているからだ。映画評論家の町山智浩さんの『映画が見方が分かる本』では脚本家のジョン・ミリアスが都会のハンターとしてこれを持たせたとあるが、獲物を狙うハンターとして創造されたハリーはクリント・イーストウッドが演じる事によって悪党にとっては裁定者であり処刑人でもあるペイルライダー(黙示録に出てくる蒼ざめた馬に乗ってやってくる第4の騎士、死を司る、イーストウッドは同名タイトルの映画を監督/主演している)だ。

刑事の拳銃と言えば普通は短い銃身のいわゆるスナブノーズ(猪の鼻)だ。6-1/2インチの長い銃身を持つS&W M29はやはり異様だ。だからこそハリー・キャラハンという主人公が際立つ。イーストウッドがこの銃を構えると、彼が演じてきた役と相まって現代に現れた悪と戦うペイルライダーという感じが強い。

名セリフがある映画は傑作である。

 『ダーティハリー』の名セリフとしてこれは外すことが出来ない。

「おーっと、お前が今何を考えているか解っているぞ、オレがもう6発撃ったかまだ5発か。実はなこっちもつい夢中になって数えるのを忘れちまったんだ、だがなこの拳銃はマグナム44といって世界一強力な拳銃なんだ。おまえのド頭なんか一発でふっ飛ばしちまう。楽にあの世へいけるんだ。さあ、どうする?」
【原語】I know what you're thinking. "Did he fire six shots or only five?" Well, to tell you the truth, in all this excitement I kind of lost track myself. But being as this is a .44 Magnum, the most powerful handgun in the world, and would blow your head clean off, you've got to ask yourself a question: Do I feel lucky? Well, do ya, punk?|

※映画本編の台詞/吹替え版と

 上の名セリフは物語の序盤に1度、銀行強盗犯に向かって放たれクライマックスでももう一度スコルピオに向かって印象的に使われる。こういった名セリフというのは作品を印象付けるのに役立っている。特に最初の銀行強盗を退治するシーンでは今現在、銀行内で強盗が進行中なのを見越して立てこもられるより強盗犯が出てきたところを一網打尽にしようとするハリー。しかも応援を要請したものの間に合わないと知った途端に一人で立ち向かう胆力もあるというシーン。そこで強盗犯を撃ち倒し、最初に出てきてすぐに倒した一人がすぐそばに落ちているショットガンを拾おうとすると、それを見つけて彼になげかけるのが、このセリフなのだ。


 悪党は退治するのがハリーのポリシー。だが無差別にやっつけるわけではない。傷を負った者を問答無用で撃つのではなく、相手に最後のチャンスを与える。西部劇でも、相手が多勢でも怯むことなく、相手が降参したら殺しはない。だが不意打ちも十分注意している眼光鋭いガンマン。そういう事を想起させるシーンだ。

現代の西部劇。

 この映画を観た人で映画好きなら指摘するかもしれないが、この物語は現代の西部劇と言える。主演のクリント・イーストウッドはTVドラマ『ローハイド』で名を売り、脚光を浴びたのはイタリアで製作されたマカロニウェスタンの名作『荒野の用心棒』(かの有名な黒澤明の『用心棒』を無断でリメイクしたことは有名)でスターダムにのぼったマカロニウェスタンのスター俳優。そして凱旋してきた彼は「マンハッタン無宿」という映画でこの作品の監督ドン・シーゲルと組んだ。この作品はアリゾナの保安官補クーガンがNYに犯人の身柄引き取りに出向くがミスから逃亡されてしまいその強引なやり方からNY市警の協力を得られずたった一人で犯人を追いかけるというストーリー。既にハリーの原型がそこにある。もちろんこの作品と『ダーティハリー』はイコールの作品ではないし、キャラクター造形も全くちがうが、世の中におもねらない孤高のハンターという風合いを持つクーガンはどこかキャラハンに通じるものがある。

『マンハッタン無宿』/クリント・イーストウッド/監督ドン・シーゲル/Amazonより
『マンハッタン無宿』/クリント・イーストウッド/監督ドン・シーゲル/DVDジャケット

 町山智浩さんの映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)によると元々ハリー・キャラハン役にはシナトラやポール・ニューマンが上がっていたそうだがそれぞれ降板。クリントにそのお鉢が回ってきたとあり監督はその後に決まったような記述がある。となるとストーリー的に繋がりはなくともクリントが主演しシーゲルが撮る事によってその側面が強調されたのかもしれない。それとその町山さんの本には脚本を手直し(リライト)したのがジョン・ミリアスという記述もあるがそのあたりも非常に興味深いものがある。ジョン・ミリアスについてはいわゆる保守的、右翼的な発言が取りざたされる事があるが、黒澤明に傾倒しているミリアスならではの筋目を通す男という部分に彼のリライトが発揮されている。


 元の脚本では主人公は老刑事だった(それはそれで面白いものになりそうだが)がそれを44マグナムを持つ都会のハンターにというのはミリアスならではだろう。その後『ダーティハリー2』の脚本も手がけるミリアスだが右翼的な発言もしつつも邪魔者は消せ的なやり方をするのには反対であり、あくまでも誇りというかプライドを持った闘う男がお好きなようだ。そのことから右翼やファシストというよりはマッチョなんだろうという町山さんの指摘にも納得できると、まあそれは余談である。余談ついでに彼の代表作といえば脚本作の『地獄の黙示録』だけど個人的にはホンではなく製作にかんでいる『地獄の7人』とか原案の『ダブルボーダー』あたりがマスト。特に『ダブルボーダー』は『七人の侍』エッセンスが感じられる辺り、完全にミリアスの趣味っぽい、そこにウォルター・ヒルのこれまたマッチョなセンスが炸裂しており、ラストはバイオレンスを描かせればピカ一のサム。ペキンパーの『ワイルドバンチ』にオマージュを捧げている1本である。

『ダブルボーダー』/ウォルター・ヒル監督/ニック・ノルティ/パワーズ・ブース
『ダブルボーダー』/ウォルター・ヒル監督/ニック・ノルティ/パワーズ・ブースBlu-rayジャケット

 さらに、余談ついでにこの物語は日本の時代劇に置き換えてもはまるなあと妄想できる。キャラハンは一匹狼の一刀流の使い手である奉行所の同心。スコルピオは戦を夢見ながらもその腕を振るうことが出来ない太平の世を生きる浪人だが、名刀を手に入れ辻斬りをしたことから人殺しの快楽に目覚めた殺人狂。しかも使い手であるだけでなく知恵も回る。(手出しできないという状況のために大名の隠し子とか幕府の重役のボンボンとかというのもアリか?)西部劇も時代劇も己の腕一本でという状況が作りやすいことと男の矜持を書くのに適した状況を作りやすいというのが共通点として挙げられる・・・・・と思う。そういうヤバイやつを一刀両断ニヒルな剣客と言えば眠狂四郎か。


 そんなハリーは開拓時代の保安官ではない。先にも書いたけど、町山さんも指摘していた名無しの男(Mrノーボディ)または蒼ざめた馬にまたがってやってくる死の使い。(ペイルライダー)にその属性は近い。度々キリストを意識させる十字架の描写。ラスト付近でいきなりスコルピオの前に現れるハリーなど、すべてがそういう方向を向いている。ちなみに『Mrノーボディ』というマカロニウェスタンという映画がある。ノーボディ(名無し)というのは非常に意味深い。その『Mrノーボディ』の原案はセルジオ・レオーネ。そんなところにもクリントとのつながりが出てくる。ただキリスト教の敬虔な信者というわけでもなくどちらかといえば神の御造りになられたこの素晴らしきクソったれな世界に嘆息を付きつつも黙々と仕事をする死神もしくは死の天使。そこが病んでいるとも言えるし、またこの世界に対する諦観を感じさせる部分でもある。

アクション映画の金字塔。

 お約束どおりの悪党をぶちのめす映画でありながらどこかに皮肉というエッセンスを隠し持ち(これはシーゲル翁に負う部分が大きいと思う。)そして乾いた諦観はそれまでねっとりじっとりなマカロニウェスタンに出ながらもアメリカ人の乾いた部分を持ち込んだクリントの持ち味が合わさりそこに脚本をリライトしたミリアスの持ち込んだ44マグナムというアイコンが合わさった奇跡なのかもしれない。あともう一つの大きな要素ゾディアックキラーに関してはまた機会をあらためて語ってみたいと思う。

Amazon.co.jp: ダーティハリー(字幕版)を観る | Prime Video 

20170816追記:文章をちょっとリライトしました。

20221221追記:タイトルと、さらに文章をリライトしています。

20230930追記:さらに文章をリライトしました。

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