ただ春の夜の夢がごとし…/『犬王』感想【ネタバレ】-Web-tonbori堂アネックス

ただ春の夜の夢がごとし…/『犬王』感想【ネタバレ】

2022年6月13日月曜日

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 「見届けようぜ」ってことで観てきましたよ『犬王』。タイトルは捻りは無いですが、つまりはそういう事なんです。お話は歴史の波に消えていった猿楽師、道阿弥またの名を「犬王」彼と、彼の友であり琵琶法師の友魚が時代を駆け抜けて行く物語でした。室町の世を騒がす狂騒の日々。そして滾る情熱。歴史の史実を追うのではなくもしかしたら…こんな生き様をした2人の熱い日々を描いた映画でした。今からでも遅くないので是非ともスクリーンでご覧いただきたい作品でした。ではあらすじの後、感想などを書いてみたいと思います。

結末については書いておりませんが一応、筋を書いているので【ネタバレ】とさせていただきます。何卒よしなに。


劇場アニメーション『犬王』本予告(60秒)/Asmik Ace/YouTube/©2021“INU-OH” Film Partners

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。|物語

 壇ノ浦の戦いから100年余、あらかたのものは引き揚げられ、今は壺や銭など小さなものしか残っていない。友魚はそんな遺物を引き揚げ生計を立てていた一族の生まれであったがある日、一族で最も水練が達者である父親の元に都から使者がやってきてあるモノを探して欲しいと頼みにくる。金に糸目を付けぬというその者たちの頼みを聞き友魚と父は安徳天帝とともに海中に没した天叢雲剣を見つける。しかしその剣を父が引き抜いた途端に眩い光と共に父は真っ二つになり剣は再び海中へ。そして友魚は目が見えなくなってしまう。母は父を亡くした事で気がふれ、父の亡霊の声に従いその使者たちへ仇を討つため旅に出る友魚は厳島神社で琵琶法師の谷一と出会い、彼も目が見えぬとしりその音色に惹かれ弟子入りし腕を磨き京へと上り谷一の属する覚一座へ自らも属し名を「友一」へと改める。


 猿楽の比叡座には息子が3人いたがその内一人はいないものとされていた。産まれた時から異形であったその子は名も無く、食べ物も碌に与えられず犬猫に混じって残飯を食べ軒下で眠る生活。だが父が猿楽の稽古を付けているところをみて自らも謡や舞を覚えていき、さらには自らの異形に合わせた型にはまらぬ舞を身に付けていった。そして奇怪な容貌で都の人々を驚かして楽しんでいたが、ある日の夜に琵琶法師となった友一と出会う。しかしまったく驚かない友一に興が削がれてしまうが彼の琵琶の音に惹かれ意気投合していく。名を聞かれ友一は名前を教えるが自分の名前はまだ決まっていないが「だがもう決まっている」友一に告げる。それは都を熱狂させていく稀代の猿楽師「犬王」と琵琶法師となった友一、やがて友有と名乗る友魚の狂騒で熱い日々の始まりだった。

犬王と友一

 感想はもう只一言、「すげぇもん見た!」に付きます。スクリーンで観た作品の中ではまさに熱い熱量を持ち『トップガン マーヴェリック』にも負けない熱さがありました。tonbori堂はこういったジャンルの作品はあまりスクリーンで観ないのですが今回だけは『映像研には手を出すな』の湯浅政明監督に『MIU404』の野木亜紀子にキャラクター原案は松下大洋という組み合わせ。この湯浅監督+野木脚本は『映像研には手を出すな』と『MIU404』両作品の感想を書いているだけにこれは行かなければならない!となり(これどちらかだけだと失礼かもしれないけれど行ってなかったかもしれません)スクリーンで観てきました。で、感想は上の一言です。それだけだと能がないので、猿楽は能の元だけに(コラッ)ちょっとあれこれ書いてみたいと思います。

#犬王見届けようぜ

 これはTwitterで使われているハッシュタグですが、劇中で友一が謡う詞の一節で犬王の猿楽を喧伝するものなんですが、そこでの友一の装束は琵琶法師には見えない長髪、そしてまるで遊女のような召し物。そこで琵琶法師の平曲ではない犬王の猿楽の客寄せを謡う様はまるでストリートミュージシャンのようです。自然と民が身体を揺らしリズムを取り始める。まさにロックのような友一の謡を作曲したのは大友良英。「あまちゃん」「いだてん」でお馴染みの作曲家、ミュージシャンです。そして友一役森山未來の謡はパワフルでぐいぐい引き込まれていきます。それは言わば前座、本番は犬王の「腕塚」一ノ谷の合戦で打ち取られた平忠度が源氏に討ち取られた話です。これがまた凄い。アヴちゃんが薔薇園アヴ名義で自ら作曲した「腕塚」はその歌唱力もさることながらレイアウト、カット、作画もあいまってぐいぐいと前に出てくる段ですがこれは序の口。清水の舞台での『鯨』三代将軍義満の前での『竜中将』とイリュージョニストもかくやという猿楽が展開。


 犬王は2人の兄が父から舞いを指導されている様を見て自らも舞い踊ると足が急に普通になっていきます。やりたい事をする事が何かを解放していく。でも犬王にとってはそれは大したことではない。足が戻ってもっと面白く舞えるその程度の事だったかもしれません。最初は異形に生まれつき(その原因は後々分るのですが)舞い踊る事によって身体が元に戻っていくのは平家の怨念が取り憑いているから。犬王が平家物語の謡を舞い踊る事により怨念が成仏していく事により彼は元の身体を取り戻していきます。だから手塚先生の「どろろ」のようにそういうのを取り戻す事が主眼なのかというとそうではなくそれは物語を動かすエンジンのようなものだったという話でした。それよりも『腕塚』『鯨』『竜中将』の猿楽イリュージョン(敢えてね)が本当に圧巻でまさにスクリーンで観るべき、そして聴くべき作品だったなと感じました。


 もちろん猿楽や琵琶の演奏がロックでござるってのは?ってなるやもしれません。ですが友魚が見えなくなって故郷を出て琵琶法師の谷一と出会いやがて修練を積んでいくという部分はしっかりとやっており、また大和猿楽の観阿弥が息子、藤若(後の世阿弥)征夷大将軍、足利義満の前で舞うシーンなどがしっかりあって、そこに大友さんのサントラが入り、そうして友一の謡いからの『腕塚』ですからtonbori堂は気にならずそこでうぉっ!ってなりました。いわゆるあがるってやつです(笑)ですので出来るだけ音のいいスクリーン、ハコ(劇場、シネコン)で観て頂きたいですね。

アヴちゃんと森山未來

 謎の猿楽師犬王を演じた女王蜂のヴォーカル、アヴちゃん、そして盟友となる琵琶法師の友魚(友一、友有)は森山未來。インタビューなどを読むと森山未來はアヴちゃんがやるならという話をしていたしアヴちゃんもまた相手が森山氏だからという部分があったそうでそれだけに息があった掛け合いもなんですが、それよりも驚くのがアヴちゃんの芝居。声優への不安もパンフレットのインタビューでは書いてあったけど「熱源」として呼ばれたと腹が決まったことでなんというか弾けてましたね。もし犬王という人物が実在していたらこんな感じじゃなかったか?と思わせるまるで人間颱風な人物を芯で捉えてる。感嘆しましたね。森山未來もそんなアヴちゃんに寄り添うようにとパンフレットインタビューでは答えていましたが父の亡霊(友魚の父の声は松重豊、松重さんがこれまた上手いのです)に促され、そして今度は琵琶と出会って琵琶法師となりましたがそこでも何かが違うと悩みながらも犬王と交わり自らの道を往く事になる様をまた唯一無二の存在感で表現していました。この2人の声が画と相まって異常な程の熱量を産む。まさにアヴちゃんの熱源が全てを巻き込んでいくそんな感じがしました。


あ、それとキャストについてもうちょっとだけ、友魚の父役、松重さんだけでなく義満役、柄本佑もこれまた良かった。鎌倉殿から100年余、武家も洗練されても支配の論理は変わらないなと思う征夷大将軍をすっと演じて凄みだしているのは凄いと思いました。そして犬王の父役津田健次郎。役のためなら魔神とでも取引をする芸の鬼。しかしそれに次第追い詰められる小物っぷりが犬王との対比で犬王がさらに鮮やかに浮かび上がるのはナイスアシストでしたね。でもそれを受けたアヴちゃん犬王も凄かった。いや何を書いてもそこに行ってしまうので『#犬王見届けようぜ』あ、ちなみにパンフレットは値が張りますが(1400円)製本が凝ってる上に内容が濃いので作品が気に入られたら是非に。(一時品薄になったそうですので確認の上お買い求めを)実は装丁というか製本(綴じ方がミシン綴じというやり方で映画のパンフレットでは針金をつかう中綴じか接着剤を使う平綴じが一般的。)が凝っているのです。そこもポイント高いところです。

『犬王』パンフレットを背から見る。
『犬王』パンフレットを背から見る。赤い糸で綴じられているのが分かる。



※原作は『平家物語 犬王の巻』作者の古川日出夫氏が『平家物語』を現代語訳として出した後にこの犬王という猿楽師についての話を記した小説です。まだ未読ですがkindle版をサクッと買ってしまいました(^^;ヤバい今月お小遣いオーバーしてるのに。でも原作を買わせるのが原作付きの大きな使命とも『この世界の片隅に』の片渕監督もおっしゃっていたので(笑)これはこれで良しですよね(リンクはAmazon)

※タイトル変更「春の夜の夢のごとし」を「春の夜の夢ごとし」にしました。2022.08.23

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