日本のいちばんおおきな戦艦|『アルキメデスの大戦』|感想【ネタバレ注意!】-Web-tonbori堂アネックス

日本のいちばんおおきな戦艦|『アルキメデスの大戦』|感想【ネタバレ注意!】

2019年9月18日水曜日

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 『戦艦大和の建造を阻止せよ』やっと観てきました。いやもう見逃してしまうかもしれないなと思ってたんだけども、それなりに下馬評も高かったのでもう1日1回上映になってましたが無事に鑑賞出来ました。この作品は大日本帝国海軍では巨艦巨砲にて敵を圧倒する大艦巨砲主義といわゆる飛行機による機動力を活かした航空主兵論に分かれており、航空主兵の推進者である山本五十六が後の大和となる超ド級戦艦の開発計画を阻止するべく航空母艦よりも排水量の大きい戦艦の建造費が空母よりも低い数字であったカラクリを暴くべく一人の「数学」の天才を招へいし、これに対抗しようとするお話です。


映像はYouTubeより|映画『アルキメデスの大戦』予告|東宝MOVIEチャンネル
|(c)2019「アルキメデスの大戦」製作委員会

あらすじ

 昭和20年(1945年)4月7日九州は坊ノ岬沖にて戦艦大和は米軍の猛攻を受け激戦の沖縄に向かう途中、使命を果たせず沈没した。

 その10年以上前、昭和8年(1933年)海軍省は老朽化した戦艦に替わる新造艦の建造計画を策定。航空主兵論者の山本五十六少将、永山中将は藤岡造船少将の提出した航空母艦を推したのに対し、嶋田少将、平山造船中将は超巨大戦艦を提出した。

 海軍大臣大角の覚えも良くこのままでは嶋田の推す平山案に決まってしまう。国際連盟を脱退し満州国を建国、陸軍の暴走も激しくやがては開戦も止む無しの空気が蔓延るなか、旧来の大艦巨砲主義では来るべき戦争に対しての備えにならないと感じた山本は、排水量が藤岡案の空母より遥かに多いはずの平山案の戦艦の建造費が安く上がっている事に疑問を抱き、その精査をする事を思いつく。

 しかし案の決定がなされる会議まではたった2週間しかなく、殆どが軍機(軍事機密)の壁に阻まれ不可能に思えた。しかしたまたま料亭で芸者を上げて遊んでいた元帝大生、櫂直と出会い、彼の数学的才能に興味を覚えた山本はその任に櫂を充てようとする。だが櫂は軍人嫌いな上に軍需産業の財閥令嬢とのスキャンダル(相思相愛ではあったが不実などはしておらず彼女の顔を自室で計っていただけなのだが)で帝大を退学になり、この国に愛想が尽き果てアメリカへ留学する手筈を整えていた。だが山本の「このままでは国民が熱狂する戦艦を持って世情は一気に戦争へ突き進んでしまう。そういう幻想を抱かしてはいけない」という山本の言葉から町が焼け落ちる幻想を見てしまい非論理的ながらも山本に協力する事となる。

 山本から付けられたお目付け役兼助手の田中少尉と共に平山案の超巨大戦艦の数字のカラクリを暴くべく櫂は海軍という巨大な壁に挑むのだが2週間後の会議に果たしてその見積もりの謎を暴くことが出来るのだろうか…


結末が分かっている話

 21世紀のこんにち、戦艦大和が建造されたことは我々は知っています。そして映画でもダメ押しのように冒頭に坊ノ岬で米軍機の大量かつ効率的な、そして人命を軽視し特攻を推奨する日本軍とは違う落下傘で着水したパイロットを救出する徹底的なシステマチックなシステムを淡々と描き、その猛攻を受け多くの人命とともに大和は轟沈していきます。そして物語の針は巻き戻されそれより12年前に戻ります。空母赤城の発進訓練を閲兵する山本五十六。これからは航空主兵。戦艦も無用の長物となり、戦に備えるならばまず空母を揃えないとという決意をもっており、同じく航空主兵論者の永野とともに藤岡の設計した新型空母を会議に持ち込みます。


 当時の海軍の主流は大鑑巨砲主義であり、飛行機はものの役には立たないと考えられていました。山本にしても戦略的には航空主兵と考えながらも実際の戦術面ではそこまでの理論が確立されておらず、新しい兵器に戸惑いが海軍の中でも大きかったのは事実ですが、既に航空機の時代はやってきており、そのためには戦艦などより空母を作らなければという信念が山本にはありました。櫂を口説く際には「戦争を止める」と言いましたがその実、「戦争は不可避な状況になる。となれば乾坤一擲の一撃を相手にくらわして先制を」と考えており、その作戦には戦艦ではなく航空機が主力の機動部隊による作戦が必須と考えていたのでした。


 ですが結局大和は作られてしまうのです。では果たして櫂は失敗したのか?ここに『アルキメデスの大戦』の大きな謎が込められていると同時に山崎貴監督の問いかけも隠されていたのです。


 全体的に激しいシーンは冒頭の坊ノ岬の戦いのみで後は会議室や書類、一度は戦艦(長門)に乗り込んだりもしますが主に地味な作業が続きます。そういう意味では『日本のいちばん長い日』にも通じるものがあります。ポツダム宣言を受け入れ戦争を終らそうとする者たちとそれを阻止しようとした者たちのせめぎ合い。そういう意味ではもう一つの日本のいちばん長い日々…とでもいうべき映画だと思います。

山崎監督にとってのゴジラ

 大和が出てきたのはそのOPの坊ノ岬海戦とエンディングでの進水後の連合艦隊司令長官の観閲でした。結局、櫂たちは大和の計画は阻止出来ました。見積もり上不当に安く建造できたカラクリを喝破してもなをそれを正当化する平山中将によってほぼ決定しそうであったのに、櫂はもう一つこの戦艦の弱点を、その艦の性能と規模を算出するために計算した計算式で見抜いていたのです…。それに対し平山は負けを認めて戦艦の造船案を撤回しました。

そして後日、櫂を研究所に呼び出して恐ろしい話をするのです。そして究極の選択を迫るのです。結局最後は折れてしまい、後日、櫂は大和で閲兵する山本を悲しそうに見つめ、その後埠頭から大和を見て涙するのです。


 平山は櫂に、君は私と同じ種類の人間だと説きふせたのです。その時に思ったのは、平山は負けた戦いを知らない国民、このままでは熱狂的に戦争に取り込まれ絶滅してしまう危惧をいだき、ならばその幻想をこの大和にその依り代として沈んでもらうのだと語るのです。まさに不沈戦艦として建造されながらやがては沈むということを分かっていながら作る凄まじさ。英霊たちが聞くと怒り出すかもしれないけれど、まさに日本の国力の粋を集めた大和が打ち砕かれないと目が覚めないという悲しさ。櫂もまたそこに気が付いてしまったからこそ彼は平山に完成のための数式を教えてしまったのでしょう…その後の悲劇も分かりつつ…。何という恐ろしく美しい儚い結末。観終わってこれは山崎監督の『ゴジラ』だなこれはと思いました。人が巨大な怪物に抗い、そして蹴散ららせながらも一筋の希望のために抗い続ける。ある意味怪獣(怪物)と戦う映画として、山崎監督なりの怪獣映画を撮ったのだなと思ったのでした。


キャストについて

 櫂は最近引っ張りだこなフィリップこと菅田将暉。フィリップってのは仮面ライダーWの時に彼が演じた役名で未だに彼の事はフィリップって読んでしまいますね。今回は数学の天才で何でも計るあくの強い役柄ですがここ数年、いろんな役をやってる彼にとってはどちらかと言えば「まとも」な青年役かもしれません(笑)。そういえば帝大生は「まんぷく」の弁護士先生に続いて2度目では?割とダブるところもあったかな?


 対する大和建造を強力に推進する平山にはこれまた引っ張りだこな田中泯。泯さんは今説得力を持ち画が強力になる人物としてはこの方以上の人っていないんじゃないかというくらいに引っ張りだこです。一時期はその枠には麿赤児さんもいらっしゃったけどこのご両人、舞踏、ダンスと言うところで一致します。やってる舞踏は全然違うんだけども。やっぱり身体表現を追っかけて来たので眼でも仕草でも語る事が出来るのかな?


 他、山本五十六には舘ひろし、懐広いがなかなかの策士である山本をタカさんがやるようになるとは…歳を感じますね。その上司でもある永野修身には國村隼。櫂のサポートをする田中海軍少尉は柄本佑。最初は全然櫂とは反りが合わない軍人が櫂の才能を知りどんどん彼に引き込まれていく様を好演。やっぱり柄本佑くんは上手いです。朝ドラや大河でもその上手さをみせてはいますが硬軟から善悪まで幅が本当に広い。お父さんのような役者さんに(父は柄本明)に本当になりそうですよね。平山案を推す嶋田海軍少将には橋爪功。演技巧者として有名な橋爪さんですが、この方も敵役から善玉まで幅広い。今回は憎々しい小人物をきっちりと演じておられました。他に海軍大臣大角で小林克也とか、櫂に起死回生のチャンスをくれる造船会社社長に笑福亭鶴瓶とか。実は鶴瓶師匠原作では櫂を助けるこの造船会社社長は鶴辺清という名前で顔もモデルとなってたそうで、さすがにそれだと洒落にならないと思われたのか、役名は大里になっていました。これは良い改変だと思います(笑)鶴瓶か鶴辺ではさすがにね(笑)チョイ役で戦艦長門艦長に小日向文世さんとか豪華な配役陣ではありますが基本的には少人数で語られる、派手な部分は少ないセリフ劇ながらも充実度の高い作品でした。

零戦と大和

 なんでしょうね、山崎貴監督で太平洋戦争の映画と言えば大ヒットを飛ばした『永遠の零』ってのがありましたね。tonbori堂は金ローでの地上波放送で観たのですが、ああなるほどそういう映画でしたかと。『永遠の0』も悪い映画ではないと思います。ですが特攻に対し敬意を越えたすり替えにちかいものも感じられてどうにもすわりが悪い感じにもなってしまう作品であったことは事実で若い者を生かすため、そして家族を想い特攻するというのは確かに涙を誘うけど…っていう感じがしました。


 ですがこの『アルキメデスの大戦』ではあろうことか戦争はいけないと櫂が言っちゃうわけです。(これは当時の国力比でも海軍、陸軍ともに米には勝てないと見ており、勝てないまでも、戦線を持続し講和に持ち込む腹積もりがあった。そのため資源確保のため陸軍は大陸進出、海軍はその戦力を増強していた。)ですが結局はこの国は「負けていない」からこそちゃんと負けないとと語りその依り代として大和が建造されたという流れになっています。先の敗戦をまともに受け止めず未だアジアの盟主たらんとする我が国の最近の振る舞いから言えばちゃんと負けてもなお学んでいない気がしないでもないですが、この世相でこの作品を問うた監督、『永遠の0』を撮った人?と思う位です。


 とは言えちゃんと「負ける」ことがこれほど難しいとは。天才櫂も予想していなかったでしょう。負けた事は次へのステップにもなりますが、それが次の勝利で忘れられる事もあるという事を。数字は嘘をつかない、そして美しいけれど人の心は数字では割り切れず読み切れない。その狭間を行ったり来たりするのだなと。まさに最後の櫂の台詞「大和が日本そのものに見える」が当てはまると思います…、そういう意味でも『日本のいちばん長い日』にも通じる負け方を示す(しかも残酷な真実をつきつけて)映画だったように思います。(どっちが上とかそういう話ではないですよ)もしかすると来年地上波金ローでかかるかもしれません(製作委員会に日テレ、よみうりテレビが名を連ねていたので(笑)でも劇場でキャストの演技をじっくり堪能して欲しいと思います。また大和の辿った運命も。そして未来に想いを馳せて欲しいですね。

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