ダークブルーの先へ行った男|『ファースト・マン』|感想【ネタバレ注意!】-Web-tonbori堂アネックス

ダークブルーの先へ行った男|『ファースト・マン』|感想【ネタバレ注意!】

2019年3月17日日曜日

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 ロードショー終了間際になんとか観に行く事が出来ました『ファースト・マン』。この映画は、人類で最初に月に降り立った男。アポロ11号船長、ニール・アームストロングを主人公にした作品です。米ソ冷戦下はそのまま両国の宇宙開発競争でもあった時代。ソ連は人工衛星、宇宙船からの宇宙遊泳(EVA)を成功させアメリカをリード。当時のケネディ大統領はこの局面を一気に挽回するべくアメリカが世界に先駆け人類を月に送ると宣言しました。その栄えある月面に降り立った最初の人類となったニール・アームストロングの伝記を元にした映画がこの『ファースト・マン』なのですが、華々しい宇宙開発の裏側にある秘話どころか、ダークブルーに魅入られた男の深い陰影の刻まれた作品となっていました。

動画はYouTubeより|『ファースト・マン』特報|ユニバーサル・ピクチャーズ公式ch

ストーリー

X-15(承前)

 ニール・アームストロングはNASAのテストパイロットとして音速突破試験のため実験機X-15での飛行任務に就いていた。空中発射母機から投下されたX-15はエンジンを点火、トラブルに見舞われながらも無事グルームレイクに着陸した。しかし機体の操縦を誤ったということをテストパイロットリーダーに咎められてしまう。


 ニールの娘は脳に腫瘍ができ治療を受けていた。NASAがマーキュリーに続く有人宇宙船、そして月へ人類を送り込む計画ジェミニとアポロのための人員を募集していたのだが娘のためにその応募を見送っていた。しかし治療のかいなく娘カレンは亡くなってしまう。取り乱しもせず淡々としているニールだったが、数日後に仕事に復帰すると欧州への出張はとりやめ搭乗任務も無く報告書をあげろと言われる。その時机にあったNASAの応募用紙を見てニールはヒューストンへ行きトライアルを受けることにした。

ライトスタッフ

 マーキュリー7は軍からの志願者も多かったためジェミニ計画の志願者は民間人はニールを含めて少なかった。その数少ない民間志願者でとなりの椅子に座ったエリオットはニールに声をかける。ニールは素っ気ないがエリオットと二言三言言葉を交わす。計画の主要スタッフの前で計画の要諦や改善点を論じるニール。個人的な質問が飛ぶ。娘が死んだことは影響するか?一瞬、場が緊張する。ニールは影響しないとは断言できないと答えた。が、ニールは計画の宇宙飛行士として採用されることになり訓練の日々が始まる。


 家族もヒューストンの引っ越しした。3人目の子供も生まれ、妻のジャネットもそれなりに飛行士の妻としての付き合いも出来た。飛行士仲間との家族同士の付き合いも始まるが楽しげにしていてもどこか一線を引いているニール。飛行士仲間のホワイトの家でジェミニ5号の打ち上げと初のEVA(選外活動)を祝してホームパーティーの最中ニュースが入ってくる。ホワイトは人類初の宇宙遊泳を行うはずだったがまたしてもソ連に先をこされてしまう。


 ジェミニ5号のバックアップ要員をエリックとともにつとめたニールはジェミニ8号の船長に抜擢される。だが同じバックアップ要員だったエリオットは次の9号に回されてしまう。嬉しいはずだが喜びを爆発させるでもなく淡々と受け入れるニール。しかしそんな最中にエリオットが練習機の事故で亡くなってしまう。エリオットの葬式の最中、飛行士仲間の一人、バズ・オルドリンの心ない言葉に冷静だがかすかな怒りを纏わせて反論するニール。しかし気分が悪くなり葬式を退席し一人ジャネットをおいて先に帰宅してしまう。


 ホワイト夫妻に送ってもらうジャネットはニールから娘のカレンの話が出たかと問われていいやと答える夫妻。私もそうなのと答えるジャネット。ホワイトは心配しニールに意見をするが一人にしてくれとむべもないニール。そしてジェミニ9号の打ち上げに挑むニール。打ち上げは成功しX-15でみたあの光景の先へやって来た。ジェミニ9号に課せられたミッションはアポロのためのドッキング実験。そのために先に打ち上げられた無人衛星アジェナと接近、ドッキングするというものだ。


 アジェナの発見に手間取ったものの無事にドッキングに成功。そのまま軌道周回に入ったが突如として不明なロール(回転)が発生する。アジェナに原因があると考えた2人はドッキングを解除したがローリングは収まらない。地上からの応答にも回転スピードが上がりすぎ同乗者のスコットは気を失い、ニールも意識が落ちる寸前、姿勢制御噴射でなんとか姿勢を取り戻した。ジャネットは一部始終を自宅で無線を聴いていたが突如として無線が切られたためミッションの責任者であるスレイトンに詰め寄るが、ニールたちはなんとか大気圏に無事突入することが出来た。


 だがまだその先がNASAにはあった。ジェミニ計画は一定の成果を収めいよいよ本格的に人間を月へ送るアポロ計画が発動したのだ。

そして月へ

 同僚であるホワイトは1号の搭乗員に選ばれた。まだ実験機のため1号では月の着陸は考えてられなかったが成功すれば月着陸はぐっと近くなる。ニールも事故から無事生還したということでさらなる援助を呼び込むためワシントンでロビー活動を行っていた。世の中は高額な宇宙開発に懐疑的になっていたし、ベトナム戦争もつづいていたため計画の存続が危ぶまれたからだ。その最中、1号の地上実験に赴いたホワイトたちをアクシデントが見舞った。司令船内で火災が発生しあっという間に彼らは火につつまれた。しかしそんな困難にあってもアポロ計画は存続した。そして計画はとうとう月面着陸へとステージを進めニールがそのミッションをこなす11号の船長を任されることに。

 一方家庭では不協和音が鳴り響くが彼はかたくなに月を目指す。その先には一体何が待ち受けているのだろうか…。

ダークブルーというボーダーラインを覗いた男

 『ファースト・マン』という映画を観た感想を一言で言うならこうなります。プロローグ的にX-15の実験飛行がまず描かれていますが、この実験、着陸後、最初のワンシーンだけ出てきた人がいましたよね。彼の名はチャック。チャック・イェーガーです。『ライトスタッフ』を観た人ならご存知だと思いますがサム・シェパードが演じた人物です。物語には直接関係してきませんが彼は感覚で飛ぶパイロットとすればニールはまさに正反対の人物です。チャックが彼は何度も失敗しているという話をしていましたが、冒頭の制御不能に陥ったX-15を結果的には無事に機体を着陸させました。ニールはパイロットとしては理論家でどんな時も冷静沈着。


 彼は娘の死後、それを振り切るために仕事に復帰しようとすると飛行を差し止められ宙ぶらりんになったかのようになりますがNASAの飛行士に応募し宇宙飛行士となります。この冒頭のシーンは凄く印象的で、機体の軋む音、空中発射された時の一瞬の空白。そしてエンジンの轟音。そして徐々に青黒くなっていく空。tonbori堂が現在やっているゲーム『エースコンバット7スカイズ・アンノウン』でお馴染みの成層圏のその上です。ほぼ宇宙といってもいい高空で彼はそこで何かを感じた。ただ彼にはそれでも地上に引き留める楔がありました。それは家族との楔ともいえるものでした。そう娘のカレンです。彼女のために仕事を休みカナダまで飛んで治療法を探ろうとしていました。その時に誘われたジェミニ計画応募も断っています。しかし治療の甲斐なくカレンは帰らぬ人になってしまい楔がはずれてしまった。故に彼はあのダークブルーのその先にあるボーダーへ執着していくようになったのではないか?そうtonbori堂には思えました。


 そのこともあってかこの作品は死の匂いが濃いのも特徴で、空は(宇宙もです)危険なところ生死がかかったところですが、ニールはもともと社交的ではありません。また極めて几帳面な人物として描写されています。そんな人物は慈しんだ娘がいなくなった後喪失感を埋めるためそうしたのかなと。ただ何度か家族との関係や友人関係を築こうとしたら事故で亡くなるという。(エリオットやホワイトの事故死)まるで自らが触れたものが壊れていく…そんな感覚を受けたのかもしれません。だからその境界線を越えて何かを弔い、送るためにはるか離れた場所を求めたのか…そんな気がしました。この作品はフィクションですが伝記を基にしているそうです。でも本当のニール・アームストロングがそういう人だったかどうかは分かりません。あくまでも事実をベースにその人の内面を描いて見せたという作品なんですが、アームストロング船長といえばあの有名な


『これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である』(原語/(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)|アポロ11号船長ニール・アームストロングの言葉

を発した人という認識でした。『宇宙からの帰還』という宇宙飛行士のルポルタージュ、立花隆の著作ですがそこではニールは真面目な堅物という事しか覚えていません。(今手元にないのでうろ覚えですが、どちらかと言えば憎まれ口を叩いてたオルドリンのその後がかなり詳細に書かれていたように思います。)

 ですが彼にも人生があり、その隠された動機や想いを描こうとした本作はダークブルーに見せられた一人の男の物語として深く心に刻まれました。デイミアン、いい仕事をしたなと思います。正直『ラ・ラ・ランド』のようなヒットはしていないので地上波でかかることは殆ど無いかと思われますが『ライトスタッフ』『アポロ13』が好きな人たちは、さらに違った角度から垣間見るNASAの宇宙開発史として先の『ドリーム』とともに必見ものの作品ではないかと思います。

X-15

 最後に最初に出てきた飛行機について少しだけ。あの飛行機はX-15というXプレーンと呼ばれるアメリカの実験機の一つです。X-15は世界で最初に音速を破ったX-1のように飛行機に吊り下げられ(爆撃機を改造した空中発射母機)エンジンはジェットではなくロケットエンジンでした。見た目はロケットに短い翼がついたような形でした。まさに空飛ぶロケット。そんな飛行機でしたがロケットエンジンであることで危険性も高くまた空気の薄い高高度を飛ぶため翼での姿勢制御だけでは機体制御は難しく(空気が薄いので揚力が期待できない)ロケットモーターによる姿勢制御装置が両翼に装備されていましたが、それでも操縦は難しいものでした。

 ニールも機体を一時制御不能に陥りましたがなんとか戻ってこれたのは彼の技術のおかげではないかと思います。先にも書きましたが劇中でも彼はインテリとも揶揄されるほどに理論家であったことが描写されています。一方で危機的状況でもあきらめない部分もありだからこそボーダーラインに立っていても生へと道を選ぶことが出来たのかもしれません。

音楽

 テルミンのような妙に後に引くサントラでしたが後で調べてみると、本編でジャネットが言ってたニールが作曲した曲はテルミンが使われていたんだとか。

ソース|『ファースト・マン』公式サイト|プロダクションノート|映画『ファースト・マン』公式サイト

 チャゼル監督とずっと組んでるジャスティン・ハーウィッツ。テルミンはもとよりモーグ・シンセサイザーを使い新しくて古い音を創造しています。これもけっこう聴きものです。

First Man (film) - Wikipedia|Soundtrack

最後に

 正直、万人受けがする作品とは思えないけれど『ラ・ラ・ランド』と同じ延長線上にある作品なんですよね。いやライアン・ゴズリングが出ているからでは無いですよ。スタッフが同じだからでもありません。この話は『喪失と挑戦』の物語でそれは『セッション』からデイミアン・チャゼルの語っている事は変わっていないんです。だからこそ『ラ・ラ・ランド』を観た人は観て欲しい作品だなと思いました。残念ながら既にロードショー公開は終了してしまったんですがそれでもエヴァーグリーンになり得る強度を持った作品だと思います。そうですね、同じ宇宙開発を描いた『ライト・スタッフ』が乾いた太陽のような空に近づこうとしたイカロスたちの物語なら『ファースト・マン』はダークブルーに浮かぶ月というボーダーを目指した男の話だったように思います。繰り返しになりますがエースコンバット7をやってる人や宇宙開発モノ(『アポロ13』や『ライトスタッフ』『ドリーム』)が好きな人にも超絶おススメだということは記しておきたいですね。

ソース|映画『ファースト・マン』公式サイト

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