その時アルジェ・モーテルで何が起こったか?/1967年、デトロイト暴動|『デトロイト』|感想【ネタバレ注意!】-Web-tonbori堂アネックス

その時アルジェ・モーテルで何が起こったか?/1967年、デトロイト暴動|『デトロイト』|感想【ネタバレ注意!】

2018年2月9日金曜日

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 デトロイトは今では往時の勢いはなくすっかりさびれてしまった街ですが(近年復興の兆しが少し見えているとか)自動車産業で当時米国でも相当に活気のあった町です。そのデトロイトで公民権運動で黒人の権利が認められつつも差別意識は残り、泥沼化したベトナム戦争もあって一種の緊張感のあった時代でした。そしてデトロイトでは殆ど警官は白人で彼らが、市内の黒人の低所得者層がくらす街区をパトロールしていました。暴動のきっかけはデトロイトで黒人のための秘密の酒場(免許がない無許可営業の酒場)の手入れが行われ、本来は目立たないように裏口から検挙した酒場の関係者、客を連行するはずが裏口が開けられなかったため表口から連行したため近隣の黒人居住地区の住民が騒ぎだし、やがて暴動に発展。商店を襲い品物を略奪、火炎びんで建物に放火するなど無法地帯と化しました。この映画はその時に起こった恐ろしい事件を映画化したものです。

動画はyoutubeより|『デトロイト』予告編|シネマトゥデイch

アルジェ・モーテルで何が起こったか?

 警官のクラウスは暴動の中パトロールを行っていたが発砲禁止を言い渡されていたにもかかわらず強奪犯を警告なしに背中から発砲した。犯人には逃げられたが出血多量で彼は死んだ。その事でやがて検事に呼ばれることになるだろうと言い渡されたが警官が不足している中、彼はそのままパトロールに出る。

 警察の手入れがきっかけで起こった暴動は3日目に入りますます勢いを増し、デトロイトのあるミシガン州知事は州兵の出兵を決定。街の治安維持のために投入。一種の無法地帯となったデトロイトのホールではある黒人歌手グループ、ザ・ドラマティックスが出演の出番を待っていた。しかし激しくなる暴動により集会は解散するよう命令されホールの観客は帰されることに。リードボーカルのラリー・リードはグループのメンバーの弟で友人のフレッドは騒乱を避け近くにあるアルジェ・モーテルで暴動をやり過ごそうとする。一方、昼は自動車工場で働き、夜は警備員をしていたディスミュークスは非番のはずだったが暴動が激しくなってきたため、夜勤を命じられる。


 ラリーとフレッドはモーテルでジュリーとカレンという2人の白人の女性と知り合い意気投合し彼女たちと過ごそうとすると部屋には年若い黒人の青年が4人いた。4人の中の一人カールが競技用のスターターピストルで悪ふざけをはじめたためにジュリーとカレンは別の部屋へ、ラリーとフレッドは自室へ戻るが、収まらないカールは窓の外に向かってスターターピストルを発砲する。ディスミュークスは状況を知るために州兵の指揮官の元にいたが突然の銃声に一挙にあたりは物々しくなった。銃声のした方向にあるアルジェ・モーテル別館に向かって向かう州兵。そして警察。警官の中にはクラウスと相棒のフリンとデメンスの姿も。慌てたカールがカーテンを閉めた事により狙撃犯がいると確信した警官たちによる銃撃が始まり別館に踏み込む。そして長い恐怖の一夜の惨劇の幕が上がることになる…。


恐怖の一夜

 この後、カールはこのままでは殺されると逃げ出しますがクラウスたちと鉢合わせしてまた彼から背後から射殺されます。しかも持っていなかったナイフをその場に置かれて。遅れて現場の様子を見に来たディスミュークスには、そのナイフを示して、襲われそうになったからやむを得ず射殺したと説明します。当然ディスミュークスはそれは嘘だと感じますが相手は白人の警官、圧倒的に彼の言い分が通るのは目に見えているのでそれを承知します。そしてモーテルの宿泊客を集めて尋問します。暴力的に脅し、別室に引き込み銃を発砲し殺したぞと脅して自白を強要しようとします。


 スタンフォード監獄実験を例に出すまでもなく、そもそも差別主義者の白人警官が、予断を以って捜査を進め、どんどんタガが外れていく様は恐ろしいものがあります。最初から決めつけて行動する力を持った者というのは恐ろしいものがあるし、またそれに加担してしまう州兵指揮官。市警察の警官であるクラウスの暴走を見て見ぬふりをして現場から巻き込まれるのを嫌って引き上げる州警察など。そういう事なかれ主義も観ていてゾッとします。

 まるで現代でも起こっている事と変わらない絵図がアメリカでは50年間ずっと続いているのがはっきりわかる恐ろしいシークエンスでした。しかもこの感情というのは未だに解決されていない事も抉り出しているのです。

恐怖の一夜、その後

 ディスミュークスはその場いた事で殺人の容疑をかけられ逮捕。またデメンスが自白したために警官3人も殺人罪で裁判となりましたが、自白は認められずまた裁判では陪審員が白人が多数を占めるために無罪となりました。この件については事実ですが、こういった裁判では警官が無罪になる場合が本当に多くアメリカのリーガルドラマでも度々取り上げられます。最近ではスマホなどの動画でも無抵抗の黒人が射殺されるような動画がアップされ捜査がなされても無罪になることも。おかしいと思っていてもその理屈を通せてしまう。その恐ろしさが未だにアメリカを覆っているのです。


 ザ・ドラマティックスは今も現役のソウルミュージックグループですがラリーは事件後、心に深い傷を負い、前のように歌う事は出来なくなりました。事件後に聖歌隊に職を求め今もゴスペルシンガーとしてゴスペルは歌っていますが、もうラブソングは歌わない、いや歌えないと語っているそうです。

ソース|YouTube/1月26日公開映画『デトロイト』特別映像”ラリー・リードについて”/映画配給会社ロングライドch

アカデミー賞

 この前のアカデミー賞のノミネート発表では『デトロイト』は入っていませんでした。他の作品もそれぞれ凄いものなんでしょうけど…ちょっと違和感がないとはいいませんが何故なんだろうなと。それはアルジェ・モーテルの描写が40分に渡る恐ろしい時間だったからなのか、それとも前段が長すぎたのか。後段が駆け足過ぎたのか。観ているときにはまったくそうは思わなかったんですが、実際の事件を切り取った映画は難しいのかもしれないのか?ちょっとそこはもやもやしますね。

キャスト&スタッフ

 ディスミュークスにはジョン・ボイエガ、最近ではジョン・ボヤーガという表記を見受けられる、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』のストームトルーパーのフィンで一気にスターダムに駆け上がった青年です。今回、思慮深いが白人社会に遠慮というか世事を荒立てなくなんとか切り抜けようとして結果、泥沼に足をとられるディスミュークスを好演してしました。モーテルの惨劇に巻き込まれるラリーにはアルジー・スミス。映画系サイトを見てもほぼこの作品くらいしか出演作が見当たりませんが、その美声はプロなみ。実はシンガーソングライターとしても活躍しているとか、主にTVドラマの俳優をしているそうです。一夜にして運命が変わってしまうラリーを好演。今後の注目株になると思います。(パンフレットより)


 差別主義者の白人警官クラウスにはウィル・ポールター。『メイズ・ランナー』シリーズなどに出演している若手俳優でディカプリオの『レヴェナント:蘇えりし者』にも出演しているそうです。今回のクラウスの演技には高い評価が集まっており、神経質でつねにイライラしている警官クラウスを巧みに演じていました。他に気になったのは警官デメンスを演じていたジャック・レイナ―。主体性の無いダメな警官役でしたが『フリー・ファイヤー』で武器密輸業者に雇われたゴロツキの用心棒で取引相手の一人が自分の妹に暴行した男と分かるとキレまくる危ない男を演じていました。今回とは違う性格の役柄ですがトラブルメーカーとして共通しているなと。


 監督は『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』のキャスリン・ビグロー。今回もまた骨太な作品を撮ってきました。しかも人種問題も絡んでくるこの難しい題材に臆することなく切り込んでいるのはさすがです。そのビグローにこの作品を持ち込んだのは脚本のマーク・ボール。『ハート・ロッカー』『ゼロ・ダーク・サーティ』に続き三度のタッグです。ジャーナリストとして実際にあった事件や人物を元に再構成する手法でこれまでの作品を製作、脚本を執筆してきた彼ですが、さらにその手法を推し進めたものになっています。

これで終わったわけではない。

 アルジェ・モーテル事件は裁判としては終了しましたが起こった事は未だに繰り返されており、トランプ大統領の誕生によってさらに加速しそうな勢いです。人種間の格差を煽り緊張を高める手法はますます隆盛している今だからこそ、マーク・ボールとキャスリン・ビグローはこの映画を世に問うたと思うのです。だからこそこの映画は長く語り継いでいかなければならない作品ではないかなとそう思いました。娯楽映画では決してありません。正直に言ってきつい映画ですが、これもまた映画だと思います。

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