この作品は『トランスフォーマー』シリーズや『バッドボーイズ』の監督で爆発が大好きなマイケル・ベイの監督作品で有名俳優は出ていませんが、いうなれば『ブラックホークダウン』『ゼロ・ダーク・サーティ』的な「状況」映画です。状況映画というのはtonbori堂が考えた造語で(似たような文言使っている人いそうですが)いわゆる「状況開始」という戦闘シーンが続くアドレナリンが噴出する映画の事です。殆ど一夜の出来事だったりすることが多いと思います。
この物語は実際に起こったことを基にしている。
この映画はリビアのベンガジであったアメリカ領事館襲撃事件を元にしています。基本的には映画の通りの事が起こったとされています。リビアの人々の視点はほぼ無く(CIA現地雇用スタッフがいますが)アメリカ人側の視点で話が進みます。この辺りはアメリカ軍視点の『ブラックホーク・ダウン』と近いものがあります。ただあちらは四面楚歌の状況に陥った精鋭のレンジャーとデルタの隊員に対し、こちらは民間軍事会社のセキュリティ要員6名のみ。のこりはCIAの工作担当官といっても文官なので戦力的には6名のみという状況という違いがあります。
マイケル・ベイがフランチャイズのシリーズ物より撮りたかったと言わしめた映画で日本ではビデオスルー(セル販売)になった作品です。なぜビデオスルーになったかというのはまず馴染が無いというのと、この映画の出来事が実際に起こったことを基にしているからかもしれません。実話というのは大きなフックになり得ますが、ベンガジの場所を正しく知っている日本人がどれだけいることか。そしてこの作品は有名俳優が出ていないというのもビデオスルーになった要因の一つとも思えます。
異邦の地でのサバイバル
物語はそのベンガジのCIAの秘密施設を警備するG.S.Rのメンバーを中心に描かれる事になります。正直に言うとこの作品はミリタリーマニアや特殊な状況下におかれた人々の戦いが好きな人には大好物な映画なんですが、それ以外の人にはまったく面白くないかもしれません。目的もはっきりと設定されているわけでもなく、途中で起こった事案の対処のために目的がサバイバルと化していくいわば状況を描いた映画でそういう意味では『ダンケルク』に似ているかもしれませんが、やはりここは形を変えた『ブラックホーク・ダウン』というのがピッタリでしょう。
戦場へ出稼ぎ。
また主人公のジャックが米国本国で上手くいかない仕事より高給の仕事を求めSEALsで身に着けた特殊技能を活かすしかない状況。そして家族を心より愛しているにも関わらず、日常に溶け込むのが難しく戦場に戻ってしまうあたり『ハートロッカー』『アメリカン・スナイパー』で語られたのと同じ病理を見る思いがあります。
今も燻る世界の火薬庫、中東
OPでは世界にあるアメリカの在外公館のうち2012年現在警戒レベルが「危険」な地域は12か所。そのうち2か所がリビアとなっています。そこに米英仏による空爆とリビアの反政府勢力の蜂起とカダフィが捕らえられ引きずり出されて殺されるシーンがインサートされます。(ここはニュース映像を交えたものになっています。)そんな危険な地域になぜアメリカの在外公館とCIAスタッフが残っていたのかと言うと、カダフィ処刑後の混乱、武器庫の襲撃よる無秩序な武器の流出が周辺地域の政情不安と紛争の激化につながっていると米が見ていたからです。事実アルカイーダや、その後のISにつながる武器の流出が起こった事は想像に難くないと思われます。
海外の在外公館のセキュリティ要員は基本的に軍が管轄したりしますがベンガジのCIAの施設は秘密の施設のため民間軍事会社に委託されたオペレーター、G.R.S(グローバル・レスポンス・スタッフ)が担当していました。基本的には元軍人で特殊部隊出身。トリポリから援軍として駆け付けるトリポリの警備担当もSEALsは仲間を見捨てないと言っていましたが、退役後そういった仕事につく人達は多く、また軍籍のままでは拙いので軍籍を抜けてから民間軍事会社の体でそういう任務に就くパラミリタリー(準軍事)要員も多いとか。この辺りは元グリーンベレーのJ.C.ポロックの小説からの覚えた知識です。
ベンガジで起こったアメリカ領事館襲撃事件は米でイスラム教の預言者であるムハンマドを侮辱した内容のショートムービーがYouTubeで公開され、イスラム教圏の国々で反発が起こり、それがエスカレートしてアメリカの在外公館襲撃につながったと言われています。それは映画の中でも短くですが触れられていますが、アメリカ人にはそれがよく理解できていないという描写もなされていました。宗教問題は20世紀末から燻り21世紀の今、非常に大きな問題となっています。9.11のテロから対イスラムのような様相を見せたことから第2次湾岸戦争は十字軍と揶揄されたことも。ただベンガジの事件はトリガーはイスラムを揶揄した動画が引き金でしたが、その少し前に起こった『アラブの春』という急激な民主化運動も根底にあり(そこにもイスラムはからんでいますが)一筋縄ではいかない中東の情勢も深くかかわっています。)そしてこの襲撃も奇しくも9.11の事でした。
もっともこの映画を観る層からはかなりの高評価のようです。事実Amazonのレビューでも高評価がならんでいます。また監督のマイケル・ベイはそもそも自分が撮りたいのはこのような作品であるがスタジオ側から依頼されるのはフランチャイズ(トランスフォーマー、バッドボーイズなどを指すのでしょう)ばかりと発言しているようです。ちなみにこの作品でもベイお得意のスローモーション撮影や爆発などもしっかりと入っています。
セキュリティコントロールとコミュニケーション、インテリジェンス
映画で中心的な働きをするのはCIAの現地秘密基地ですが当然白人が出入りしている建物など現地の人から見れば何をしているか怪しい建物として非常に目立っていたはずで、世間一般ではアメリカ人は危機管理に優れていると言いますが、本当にそうか?と思うところです。また海外で自国民が危機に陥った際には助けるというのがアメリカといいますが実際にはCIAは秘密に活動していたわけで、それを助けるには政府機能が弱体化しているとはいえリビア政府に話を通さねばということで軍は即応体制はとっていても大統領命令が無い限りそういう事は一切できないということも描写されていました。
『ブラックホーク・ダウン』でも現場の兵士がガンシップはこないのか!と言うシーンがありましたが、今回の事案でも現地では支援要請がありながらこなかったガンシップ。超強力な武装で地上攻撃を支援する攻撃機でC-130輸送機を改造し、片側にバルカン砲、機関砲、対戦車砲などをパッケージした特殊な飛行機です。その破壊力は絶大ですがもし投入されていたら完全に附帯被害で近隣の住民も巻き込んで民間人の死傷者も増えたでしょう。『ブラックホーク・ダウン』では来ませんという話だけでしたが基本的に付帯被害が広がることも予想されるので完全に孤立した味方の援護や掃討作戦などで用いられ、制空権の確保の問題も有り緊急的に戦場に投入されることは稀だと思われます。そして『ブラックホーク・ダウン』同様に人間の数では勝っているけれど最新装備を持つG.R.Sスタッフは襲い掛かる民兵を次々と撃ち倒していきます。このシーンを見るとゾンビ映画がそういう話のメタファーだと言われるのがよく分かります。
ですが彼らも意思をもった人間なのですが。結局人は人と分かりあえると言うのは幻想にすぎないというのが逆説的に伝わるシーンです。実際CIAの現地スタッフを通訳として連れて行ってもまともにコミュニケーションがとれているとは言い難く、相手が歓待してくれているうちはいいですが、よってひそひそ話をしていると疑心暗鬼を生ずるというのも(多分米国側の人間もそう思われている)よく分かります。
最初に主人公のジャックがCIAのベースの向かう途中で英語が喋れる反米に近い民兵組織の検問に止められるシーンでも臨検する指揮官と思しき男が英語が喋れるので辛うじてコミュニケーションがとれていましたがそうでなければ発砲が起こってもおかしくはありません。事実領事館から警備スタッフが逃げる時に止まれとジェスチャアされも「奴らが何を考えているか分からない」と強硬に突破を図りました。物語の終盤、第三波の攻撃で迫撃砲でとうとう米側にも死傷者が出てしまうにあたって覚悟を決めるG.R.SスタッフとCIAの担当官たちでしたが、米のシンパ組織が見捨てて逃げたと思ったら味方をかき集めて戻ってきてくれたり(そこは彼らも打算があるのでしょうが、あちらの事情を考えると仕方がない事だと思います。)奇跡的に死傷者はG.R.Sメンバー1人と救援に来てくれたトリポリの警備スタッフ。そしてベンガジに滞在していた大使とIT担当者の2名で済みました。しかし米側にとってはこれは大きなショックだったそうです。
アメリカ人は海外で同胞が殺されたり難儀するとそれを利用して国内を結束したり、世論を見て泥沼のおそれがある戦闘を終了させたりと大きく方向が転換されたりします。アメリカにとって価値がないところは捨て置かれる。トランプ大統領は『アメリカファースト』と言っていますがオバマ大統領の時もその前のブッシュ、そしてクリントンでも基本的には同じです。やる時はやる。やらない時は絶対にやらない。アメリカだって官僚主義の弊害はあるし、あまり日本とは変わらないということです。
武器をわが手に
この手の映画ではミリオタ的には武装が気になる所ですが、テロリスト側はRPGにAK-47をはじめとするAK系の突撃銃。そして迫撃砲。対するG.R.Sは最新のアサルトライフルを使っていますが数を頼んで押し寄せる民兵には最新鋭の武器も弾が切れればただの金属とプラスチックの塊でしかありません。それでも彼らは武器を手にするのです。そして対峙する側もまた武器を持つ、循環を断ち切るというのは言うのは易しされど実行は難しいというのはニュースで繰り返されてきた話ですが少なくとも武器を捨てるというのは一朝一夕では出来ないという事をこの映画のみならずこういった紛争を取り扱った話ではすべからく(製作者側の意図とは関係なしに)物語っています。それはひとえに事実を元にしているからなのですが。
G.R.Sのメンバーはサイドアームは自由のようでSIG P226、グロックなどを装備。アサルトライフルはM4系のコルトM4A1かHK417、HK416を使用。オプティカルサイトをレイルに装着しフォアハンドグリップ装備という定番仕様でした。全員がほとんど元シールズ(NAVY SEALs)か海兵隊の猛者です。こういった荒事に適した装備をもっていました。
以前tonbori堂が所有していたSIG P226のモデルガン/タナカ製 |
HK417/Wikipediaより|André Gustavo Stumpf from Brasil - HK 417, CC 表示 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=51749268による |
変わったところでは領事館の警備スタッフはレミントンのドアブリーチャーというショットガンのソードオフと呼ばれるカットオフモデルを持っていました。領事館内ではいい選択です。ドアに向かってショットガンは多数を少数で相手にする時には非常に有効です。ただ発砲シーンはありませんでしたが。
M870MCSのソードオフ形態|User:Bukvoed - 投稿者自身による著作物, CC 表示 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=807977による |
珍しいところでは民兵組織がテクニカル(ピックアップトラックに銃架を設置した軽武装車)にDShK(デシーカ)というソ連製の重機関銃を装備して派手に発砲しているシーンがありました。元が対空用なので対人に使った場合は腕や足が吹き飛ばされ胴体がちぎれるなど過剰に強力な武器です。この作品はベイらしく、その威力を当然のように描写していました。一瞬ですが撃たれた民兵の腕が吹っ飛んだり片足もぎとられたりというグロい描写はベイの得意とするところです。レーティングがPG12なのはそういう描写があるからでしょう。
[[File:Afghan dshk.jpg|thumb|アフガニスタンにおいて防衛陣地に設置されているDShK]] |画像はWikipediaより|DShK38重機関銃 |
武器市場では多種な武器が溢れており一瞬だけ映る武器にも変わり種が多く写り込んでいました。また中東での戦いでよく用いられるRPGも民兵側が使用しています。多分第2次世界大戦以降に開発された単発擲弾投射機としては一番普及した武器ではないでしょうか。紛争地域や映画によく出てくるのはRPG-7と呼ばれるタイプでこの映画でもゲリラが領事館やG.R.Sのメンバーに向かって発射するシーンがあります。誘導装置はありませんが強力な威力に単純で故障の少ない機構がこれだけ普及している理由でしょう。誘導装置が無くとも近距離ならばヘリコプターをも落とせるのは『ブラックホーク・ダウン』でも知られたところです。
[[File:Rpg-7.jpg|thumb|Rpg-7|alt=Rpg-7.jpg]]>|画像はWikipediaより|RPG-7 |
ベイの描きたいもの。
基本的にベイの描きたい主題というのは、この戦闘で命を落とした、誇り高き男たちを描きたいってところだと思います。サブタイトルに『ベンガジの秘密の兵士』とあることからもそれは明らかです。ただし同じような作品である『ローン・サバイバー』のような視点はあまり強調されていません。とは言え現地スタッフの通訳のアマルがそのポイントを押さえているという部分はありますが、どちらかというと結局現地の人とは分かりあえぬという空気も若干感じてしまいます。
もっとも『ローン・サバイバー』もアフガニスタンの人々がそういう気質だったというのもあるのでベイの手落ちというのも何なんですが、そもそもがマイケル・ベイという人が描きたいのは戦う男たちなんであって、周辺の状況はそれを盛り上げるためのものなんですよね。トランスフォーマーに飽きた発言とかは多分、人間側の描写を(かっこよく戦う人間ですので、喋るとか会話劇とかでかっこよくじゃないですよ)十分に出来ないからだと思います。あくまで主役は誇り高き、信念を持って戦う男たち、女たちなんですよね。
その意味ではある種の『アラモの砦』とかしたベンガジのCIA施設のストーリーはベイにとっては非常に興味がそそされる素材だったのだと思います。ミリタリー&戦争(戦うシーンが好きな)映画ファンにはおススメできるものの、人が死ぬシーンが苦手な方などにはあまりおススメできかねる映画ではあります。といってもそもそもがベイの映画が苦手な人がこの映画を観るとはあまり考えられないのですが(苦笑)
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