史上最大の撤退作戦|『ダンケルク』感想【ネタバレ】-Web-tonbori堂アネックス

史上最大の撤退作戦|『ダンケルク』感想【ネタバレ】

2017年9月18日月曜日

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 「史上最大の撤退作戦」それが世にいうダンケルクの戦いです。ということでクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』を観てきました。IMAX案件ということでIMAXで。ここのところIMAX案件が多すぎるのですがIMAXで観てないのもありました。

ダンケルク/特別予告/YouTubeより


 今回はノーランはIMAXカメラで撮影した作品が多く、その構図もIMAXを意識したものであるという事で、『ダンケルク』は特にそれが顕著ということもあり、ならばやはりIMAXで観た方がいいかなと思い関西の地の利を活かして大阪エキスポシティの109シネマズにいってきました。そのためスクリーンへの没入感は相当なものがありましたが、行きたくてもいけない人はこれどうなんだろうなと若干心配にもなりました。最初からそのシネコンの最大スクリーンで観るのであれば、そして音響がしっかりとしていれば、ノーランの意図は汲めるのではないかと思いますが杞憂なのはその一点です。以下若干ネタバレかもしれない話もするかもしれないのでご了承ください。

British gunner ship dunkirk.png
By Frank Capra (film) - Divide and Conquer (Why We Fight #3)
Public Domain (U.S. War Department): http://www.archive.org/details/DivideAndConquer,
パブリック・ドメイン, Link[[File:British gunner ship dunkirk.png|thumb
|ダンケルクで兵の救助を援護するイギリス海軍銃手(1940年)]]Wikipediaより

3つの時間軸

 ノーランは時間軸を操ることにかけては定評があります。メジャーブレイク作といっていい『メメント』、マジシャンの対決を描いた『プレステージ』、夢の世界を階層化した『インセプション』、宇宙と時間を大きな主眼に置いた『インターステラー』など。今回は戦場での出来事をイギリス軍のダンケルク撤退作戦(ダイナモ作戦)を、陸海空という視点で切り取って見せました。ダンケルクの防波堤での1週間の出来事。その日、徴用された小型遊覧船の持ち主で船長のミスター・ドーソンとその息子ピーター、友人のジョージの1日。ダイナモ作戦の援護のため出撃するRAF(英国空軍)のパイロット、ファリアとコリンズの1時間。

 それぞれが交錯する、その時を捌いて見せたその手腕はさすがノーランだなと感心させられます。それぞれの時間が違っているにも拘わらず、一瞬映り込んでいたり、この登場人物が意外なところで出ていたり。そうやって、それぞれがその持ち場で生き残りをかけて戦っている者たちの一瞬の邂逅であったり、互いを知らぬままに命を落としたり、戦場の過酷な現実を映し出していくのです。

過酷な戦場でのサバイバル

 『ブラックホーク・ダウン』もそういう映画でした。あれは特殊部隊が任務中のちょっとした歯車の軋みからゲリラによるヘリコプター(ブラックホーク)の墜落により米軍の特殊部隊とその掩護部隊が孤立し、地獄のような戦場を脱出する映画でした。どうしてもアメリカの世界の警察ぶりや、途中の近代兵器でのゲリラの攻撃などが描写されているため、政治的思想に左右されやすい作品ですが実は『ブラックホーク・ダウン』の監督リドリー・スコットもノーランがこの作品で言いたかった事とそんなに違わないのではないかと。


 それは過酷な戦場からのサバイバルということです。彼らにとっては生きて「故郷へ」帰ること。任務は終了しているので後はもうそれしかありません。しかし四方八方は敵だらけ、どれほどの敵がいるかも分からない八方ふさがりな状態はダンケルクでの英、仏軍と同じです。人員数はけた違いですが。そしてノーランはこの作品を「過酷な戦場でのサバイバル」に焦点を絞るために生身のドイツ軍兵士を極力画面に映さないようにしています。ファーストショットから、ドイツ軍は銃声と砲声のみ。彼らの前に姿を現すのは恐ろし気な風切り音と鳴らしながら急降下爆撃するスツーカ、艦船を爆撃するハインケルだったりします。フォーティス1であるファリアが撃墜したメッサーシュミットの搭乗員も映りません。そのため英国人と仏人のみだけが画面に映され彼らが如何にしてこの戦場を生き延びたということに集中できるようにしているのです。そのため、こういった映画につきまといがちなややこしい思想的なものから解放とまではいいませんがそういったものからは一定の距離を置くことができているように思いました。

無名の青年を抜擢

 主に描写される事になる、陸の一週間で描写されるトミー。分隊の仲間はドイツ軍の銃撃で皆戦死し、命からがらダンケルクの浜へ逃げのびた若い兵士。彼をフィン・ホワイトヘッドというほぼ無名の青年にしたことで、どうせ彼は生き残るんでしょ?とかそういう予断を排しているのも上手いやり方です。一刻も早くこの地から故郷へ帰りたいという兵士。彼が辿る運命はハッピーエンドもアンハッピーエンドもあり得るわけですから。


 群像劇でもあるので、有名、無名とりまぜたキャストの妙にも支えられたところは大いにあると思います。ダンケルクの波止場で海軍の指揮をとるボルトン中佐にはケネス・ブラナー。スピットファイアのパイロット、ファリアにトム・ハーディー。小型遊覧船でダンケルクに救出に向かうドーソンにマーク・ライランス。ノーラン組常連のキリアン・マーフィーもドーソンの小型船に途上で救出される謎の英国兵士役で登場しています。

 追記:いろいろ感想を読んでいるとキリアンが救出される前に出ていた事に気が付いていない人がいるみたいなんですが、トミーとあと2人が乗り込めた艦が沈没したときにボートにいたのがキリアンです。後で船が来るから、このボートはもう一杯だといった兵士です。その後うんよく救出艦に乗り組んだものの爆撃にあったのでしょう。彼は腹を見せた艦の上で一人取り残される事になりました。

スピットファイア

 イギリスが誇る名戦闘機。映画『空軍大戦略』で描かれたバトル・オブ・ブリテン。『ダンケルク』後にイギリスを守り切った翼として有名ですが、この『ダンケルク』のダイナモ作戦でも活躍していたのです。劇中でも空軍は何をしている?とか言われていましたけど彼らの活躍無くしてこの作戦の成功は無かったとパンフレット14P-15Pコラム「真実のダンケルク」TEXTby白石光氏によって書いてありました。


 そして劇中に出てきた3機のスピットファイアは本物。ノーランのCG嫌いはTwitterの公式アカウントでノーランの紹介でも度々触れられておりセットを実物大で作る、本当に爆破するなど伝説にことかきません。今回のスピットファイアも『空軍大戦略』以来の本物の飛行シーン、空戦シーンは必見モノです。コクピットビューとかの撮影も、あえてコクピット視点にこだわったんだろうなと思うショットがあって、普通に考えればもっと映える、例えばマイケル・ベイならもっとレシプロ戦闘機のスピード感や戦闘機のドッグファイト感を盛り上げるところをあえて当時の雰囲気を再現しようとしたあの映像はノーランの拘りが伺えるシーンになっていました。敵機であるメッサーシュミットもこれまた『空軍大戦略』のメッサーシュミットと同じくスペインで使われていた同系統機を使用しての撮影に挑んだそうです。その他にも最大限当時に使われたもの、当時のロケーションで撮影した画が画面に説得力を持たすことに成功していると思います。

音楽

 時計のチクタク音をフィーチャーしたハンス・ジマーのオリジナルサウンドトラックはこの作品を盛り上げるキーになっています。ノーランとジマーのコラボレーションは『インセプション』で極まったなとtonbori堂は思っていたのですが、それに劣らないパフォーマンスをこの作品でも聴かせてくれており、一種このサウンドトラックが無かったらこの『ダンケルク』は気の抜けたサイダーのようになったのでは?と思うほどのものです。そう言えば『ブラックホーク・ダウン』もジマーの手によるものでしたが、『ダンケルク』のサウンドトラックはなお一層作品に寄り添っている感じが半端ないものになっています。

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故郷へ

 とは言え瑕疵が全くないわけでもなく、俯瞰すると若干の粗もありますが時間軸の操作で観ている最中はそれを気になるようにはしていないように工夫しています。大人数の動員もハリウッドや映画産業の最盛期ののように動員をかけれるものでもなく、ノーランの主義的にCGで兵員の水増しはしたくないというのもあり、知恵を工夫で乗り切ってはいますが往年の戦争の一大スペクタクル感というのは確かにちょっと厳しいかもしれません。またダンケルク撤退という出来事のみにフォーカスしているため人物の掘り下げも最低限ですがそれでも、それぞれの人物の性格、行動がそれを匂わすようにしてありましたが、そこが弱いとかんじられた人もいるかもしれません。


 しかしノーランの主眼はそれぞれのサバイバルを描くことより、ある青年のサバイバルには多くの人がそれとはなしにかかわっていたまさに交差点だったことを100分の時間で描き、あの日あの時ダンケルクでは無数のトミーがいたという事を言いたかったのかな。そんな気がします。そしてその部分は『故郷(ホーム)』へ戻ったトミーのシーンのラストで完結しているように思います。『ダンケルク』は正直家庭の視聴環境では厳しいかと思うので、劇場で観てほしい作品です。そしてなお出来れば大きいスクリーンで。もちろん普通のスクリーンでも十分にそのポテンシャルを感じる事は可能だと思っていますが可能ならばIMAXで。そして音響のいいところで観てほしい作品です。

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