シネコンを後にした帰り道、tonbori堂の胸の中に去来していたのは、懐かしさに満たされた幸福感と、どこか拭い去れない切なさというかもやもやしている自分がいました。
ということで最新作『踊る大捜査線 N.E.W メトロポリスを駆け抜けろ!』をスクリーンで鑑賞。エモいシーンには素直に目頭が熱くなりましたし、心から頷くシーンもありました。特に、予告編でも印象的だった捜査一課長・北丘(佐々木蔵之介)のあの台詞——「お前のエンジンは何処にある?」——は、スクリーンを通じてtonbori堂の胸にも強く刺さるものでした。
総合的な評価として申し上げますと、元・ネットワーク特捜本部員(かつてはちゃんと登録していたんですよ)の端くれとしては、「うん、面白かったよ」と言えます。
ですが、その面白さの正体を冷静に解剖してみるなら、それは映画としての完成度というよりも、巧みに「ノスタルジックスイッチ」を押されたからに他なりません。一人の『踊る』ファンとして、そして刑事ドラマというジャンルを愛してきた者として、本作が残していった「解」と「限界」について、じっくりと語ってみたいと思います。
※今回は何時ものあらすじは無しです。ネタバレ云々ではありませんがお話は公式のストーリーでチェックしてみてください。(文中では観た前提でネタバレしております。また室井2部作の核心ネタバレもありますのでご注意ください。)
※このエントリは箇条書きにしたプロンプトをGoogleの対話型AI、Geminiによって生成した文章を加筆修正したものです。
そもそも『踊る大捜査線』とは何だったのか?
刑事ドラマ(敢えて映画ではなく「ドラマ」と呼びたいと思います)として、本作は様々な要素が「腑に落ちそうで落とさない」仕上がりになっています。ですが、思い返せばそれこそが『踊る大捜査線』という作品の最大の魅力でもありました。
事件そのものを劇的に解決すること以上に、「お仕事ドラマ」として刑事ドラマという既存のジャンルを解体してみせるアンチテーゼ。
1997年に放送された最初のTVドラマ『踊る大捜査線』が、当時の刑事ドラマの金字塔であった『太陽にほえろ!』の“逆”を行くことから始まったのは有名な話です。
- 刑事をあだ名で呼ばない
- 犯人に安易に感情移入しない
- 組織の決定や手続きという現実的な壁が立ちはだかる
こうした「約束事」を敷いたからこそ、主人公を中心とする刑事課の面々だけでなく、地域課や警察庁・警視庁という巨大な「警察組織」そのものがメインのドラマとして成立していました。
また、設定が『機動警察パトレイバー』などのアニメ作品と酷似していたことや、本広克行監督が押井守監督作品の大ファンであったことから、作中には数々のオマージュが散りばめられていました。当時、草創期だったインターネットの掲示板などでファンが伏線や元ネタを考察して大盛り上がりし、番組側も公式Webサイト「ネットワーク特捜本部」を開設して積極的にファンと交流していきました。あのインタラクティブな空気感において、『踊る』は間違いなく時代の最先端を走っていたのです。
『THE MOVIE 2』以降に感じた「冷め」と新作『室井慎次2部作』という遺言
ですが、その旋風は次第に形を変えていきました。日本の実写邦画興行収入記録を打ち立てた『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)。この金字塔を打ち立てたあたりから、どこか作品の中に「やり切った感」が漂いはじめたように思います。tonbori堂の個人的な体験を明かしますと、実は『2』のとき、心底からは乗れなかったのです。公開前のあの祭りのような高揚感がピークで、出来上がった本編をスクリーンで観たとき、すっと醒めてしまう感覚がありました。(作品での出来事、ストーリーも含めてなのでその当時の思いを綴ったエントリもあります)。
ただその後も『3』『THE FINAL』と劇場へ足を運び、魅力的なキャスト陣への愛情は持ち続けていたものの、ストーリーが本来の『踊る』の持っていた鋭さやリアリティから離れていくのを感じ、私の「踊る熱」は徐々に冷めていってしまっていました。
(その間、本広監督が好き放題に趣味を詰め込んだ映画『交渉人 真下正義』は単体としてかなり好きな作品だったのですが、本線のストーリーからは心が離れていくばかりでした。)
そんな中で公開されたのが、ODORU LEGEND CONTINUESという新シリーズの建付けで制作された『室井慎次 敗れざる者』と『室井慎次 生き続ける者』の二部作でした。当時の私はすでに追う気力を失っており、公開時はスルーしてしまっていました。
しかし(ネタバレになりますが)、この作品で長年のキーマンであった室井慎次はこの世を去ってしまいます。元々この映画は、脚本家の君塚良一氏が『教場』の脚本執筆中に室井への思いが高まり、当時のプロデューサーであった亀山千広氏に連絡を取ったことから始まったのだそうです。
今回の『N.E.W』を観る前に配信で鑑賞したのですが、映画としては実に不思議な作品でした。2本に分かれており、1本では完結しておらず、前後編を揃えて観て初めて筋が通るという不思議な映画でした。(製作時の経緯を聞くと納得できるところもありますが、それならそれでもう少し何かやりようあった気もします。ルックとストーリー事態はそれほど嫌いになれないものでしたから。ただ『踊る』の映画に登場したシリアルキラー日向真奈美の便利使いにはちょっと首をかしげてしまいましたけれど。この作品は『踊る』の看板を背負ってはいますが、何より「室井慎次」という一人の男のパーソナルな生き様を人々に遺すための物語でした。
この室井の映画制作をニュースで知った青島役の織田裕二さんが、「それなら自分も」と脚本を読んだところ、「ええっ!?」となってしまったという逸話を聞きました。
それこそ、織田裕二さんでなくても驚くはずです。最初の映画からの歴史を考えれば、副総監となった室井と、湾岸署刑事課長となった青島がタッグを組む映画だって十分に1本満足なものが作れたはずですし、ファンが本当に観たかったのはまさにそういう「約束された未来」だったのですから。
青島という圧倒的な存在と、新世代の挟間
ですが、現実に室井はもういません。
青島は警部補のまま、『生き続ける者』のラストで描かれた警視庁SSBC(捜査支援分析センター)から、今回は捜査一課へと異動になっています。そして大型の連続殺人事件の捜査本部で、再び「一兵隊」として捜査現場に臨むのです。
「現場の一兵隊が突っ走れば、それを見た周りが動かされる!」
かつての熱量を知る従来からのファンは、この青島の姿に「これぞ『踊る』イズ・バックだ!」と胸を熱くさせるかもしれません。私自身も一瞬、あの頃の感覚が蘇り、ゾクッとするものがありました。
ですが、だからこそ思ってしまうのです。「今のこの作品には、新しい血が必要なのではないか?」と。今回、その「新しい血」を担う存在として登場するのが、捜査本部で出会う所轄の刑事・ひばりと秋(しゅう)です。演じるのは趣里さんと白洲迅さん。お二人とも若手実力派として非常に華があり、存在感を示しています。
悲しいかな、画面に「青島俊作」が現れた瞬間、すべてが青島の独壇場と化してしまうのです。観ていてはっきりと分かってしまいました。この作品は、なんだかんだで青島が出てくると、他の要素をすべて飲み込んで青島一人の世界になってしまうのだと。
本来なら、その青島の脇をすみれさんや和久さん、スリーアミーゴス、真下、雪乃さんといった「あの仲間たち」が固めていてこそ、群像劇としての『踊る』は成立していました。
世代交代をじっくり行わないまま、周りのキャストだけが唐突に入れ替わってしまった違和感は拭えません。「懐かしの顔も集めました、ニューカマーもおりますのでどうぞ」と言われても、ファンとしては「いや、その話には乗れんわな」(by『パトレイバー』後藤喜一警部補)と返したくなってしまいます。
それこそ、本作がオマージュを捧げ続けている『機動警察パトレイバー』の新作『EZY』のように、キャラクターの陣容を総入れ替えしてしまうくらいの暴挙に出るしかなかったのかもしれません。ただ、それを「踊る」とファンが認めるかどうかと言われれば、それもまた非常に難しい問題なのですが……。
「お前のエンジンは何処にある?」限界の先にある「成仏」への願い
残念なことに、今回の新作を通じて、私は『踊る大捜査線』というコンテンツが抱える「限界」を突きつけられた気がいたしました。
製作陣自身も、きっとその限界や迷いを自覚していたのではないでしょうか。だからこそ、佐々木蔵之介さん演じる捜査一課長・北丘(彼は『THE MOVIE 2』に「捜査員4」としてたった一行の台詞で出演していた男です。その後『ハンチョウ』などで大活躍した彼がこの役に配役されているのは感慨深いものがあります)に、あの台詞を言わせたのだと思います。
「お前のエンジンは何処にある?」
青島はその問いに対してモヤモヤとした表情を浮かべていましたが、物語のクライマックスではなんだかんだで、まだ現場でがんばるよと言わんばかりに現場へ向かいます。
腹を決めて行けるところまで行く、という青島の決意なのかもしれません。ですが、このまま青島一人にすべてを背負わせ続けるのはあまりにも酷であり、コンテンツとしてもジリ貧ではないでしょうか。
室井慎次という男をスクリーン上で見事に「成仏」させたのであれば、次は青島俊作という男を成仏させてあげてほしいのです。決して命を落としてほしいという意味ではありません。「現場の一捜査員としての生を、納得のいく形で全うさせてあげてほしい」。観終わった今、切実にそう願ってしまいます。
湾岸署という「夢の跡」に囚われた私たち
もう一つ、本作を観て強く感じたのは、『踊る大捜査線』という作品が「場所の記憶」にあまりにも強く囚われ続けているということです。
青島が連続殺人犯を追って足を踏み入れる劇中の舞台。あれは2026年頭に惜しまれつつ閉館した体験型テーマパーク「イマーシブ・フォート東京」の跡地(※劇中設定の2026年時点ではまだ閉館していない扱い)です。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」ではありませんが、かつて空き地だらけで「空き地署」と揶揄された湾岸エリア・お台場は、今や高層マンションが立ち並び、次の都市開発のフェーズへと進んでいます。それなのに、作品だけが未だにあの頃の「湾岸署の夢」を追い続けているように見えてしまいました。
劇中のラスト、シークレット的に登場する近藤芳正さん演じるタクシー運転手。彼は記念すべきTVドラマ第1話で、青島に取調室で自白したあの男です。そして導かれた先にあったのは「第2湾岸署建設予定地」の看板。30年近くの時を経てなお、私たちは、そして制作者たちは、見果てぬ夢を追い続ける猛者(つわもの)のままなのでしょうか。
おわりに:そろそろ、決着をつけませんか
私が大好きだった『踊る大捜査線』は、程よいコメディ感の中に、現実社会の理不尽さや構造問題を風刺した鋭い状況設定と台詞があり、それが極上の刑事ドラマとして融合している作品でした。
ですが、「現場と上層部の乖離」という根本的な課題は結局埋められないまま、作品自体が過去の夢を追い続ける状態のままでは、きっとこれからの新世代の観客はこの熱量についていけなくなってしまいます。
役者は揃っています。素晴らしい才能を持ったニューカマーたちもいます。
だからこそ、制作者の方々に伝えたいのです。
「そろそろ、この物語に最高の決着をつけませんか?」と。
青島俊作が、自分自身のエンジンがどこにあるのかを完全に見つけ出し、刑事としての走りを走り抜くその最後の瞬間まで、私は元・特捜本部員として見届けたいと思っています。
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